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深淵の王  作者: 伊里谷あすか
五、夜は浸食する
85/90

5―15 冷笑









「……何の真似だ」


 刀の鞘で《椿》の大振りの刃を受け止めた綾が、そのままの状態で口を開いた。


 直後、互いを弾くように刀が再び動き、鳴海は一歩大きく下がると、美咲を背にして綾に太刀の切っ先を向けた。……まるで美咲を綾から庇うかのように。


「なっ……なんなの鳴海?! 自分が誰に何したか、わかってる?!」


「……そんなこと、わかっていますよ。美咲さん」


 美咲の叫びに淡々とした声で返すと、鳴海はギッ、と綾を睨んだ。


「何の真似? それは俺の台詞だ。

 

 ――お前、何をしていた?」


「……たった今、その質問には答えたはずだが。その年で耳が遠いなんて、残念だな」


 緊迫した空気が漂う中、普段通りの無表情で、真剣なのかそうでないのかいまいち分かりづらい様子で言う綾に、鳴海は無意識に刀を握る力を強め、ややきつい口調で尋ねる。


「違う! その前、……ここに、この神社に来る前の話だ!」


 神社に来た後のことは語られたが、その前の行動も、ここに来た動機も、一切話には上っていない。


 そう吐き捨てるように言って、鳴海はわずかに震える太刀を力で抑えつける。


「……答えろ。どこで、何をしていたんだ? そして何故、神社(ここ)に来た? どうして――俺達に帰るように連絡があったことを知っている?!」


 引き下がる様子のない鳴海に対し、綾は相変わらずの態度で応えた。


「それを、僕がお前らに言う必要はない」





「……俺らには言えない、の間違いじゃないのか?」





 低く唸るような声。美咲は目を見開いて鳴海を見た。


 肩越しに見える表情は、とてもじゃないが冗談を言っているようには見えず……だが、そのせいで余計に今の台詞が美咲にはタチの悪い冗談に思えてならなかった。


「どういう、こと?」


「考えてみてください、美咲さん」


 呆然と呟いた声が聞こえたのか、鳴海は綾から目を離さず、静かに言葉を紡いだ。


「あいつは風を操れます。俺たちが使っている程度の連絡用の式神なら、壊すくらい訳もないでしょう。それに……あいつはさっき、刀を抜き身で持っていましたよね。

一人で行動しているなら、誰も見ていないなら、いくらでも換えが利く氷の剣の方が使い勝手がいいはずなのに。――自分の正体を隠している相手が傍にいないなら」


 綾の正体……能力を隠している相手。それは例えば、美咲たち以外の煉賀の術師のような――


 つまり、と一呼吸置いて。


「見回りの人たちと連絡を取れなくしたのも、……この人たちを殺したのも、お前じゃないのかって言ってるんだよ!」


 綾は答えない。


 ただ、静かに目を細めた。


 そんな綾の様子に、強く眉をしかめた鳴海が口を開こうとしたとき、


「……もしその通りだとして、お前はどうするんだ?」


「……え?」


 思ってもいなかった言葉を返され、鳴海が言葉に詰まる。


 だが、追い打ちをかけるかのように綾は続けた。


「僕を殺すか? それとも痛めつけて尋問するか、当主に引き渡すか? …………何も考えていないんだろう」


 無言。……しかしそれは肯定に等しかった。


 ――今ここで綾を殺したら、情報が何も引き出せなくなる。しかし尋問の技術など鳴海は知らないし、当主に引き渡すにしても一度屋敷に帰らなければならない。だが、妙な移動の術がある限りそう簡単に戻れるとは思えない上に、その術について綾に口を割らせることも至難の技だろう。巧妙にごまかされてしまうのは目に見えている。


 ……どの方法も、現状を動かす決定打になりえない。そのことに鳴海は気付いてしまった。


「図星か」


 断定するように、綾は言う。


「……甘いんだよ、お前は。本当に甘過ぎる。そんな風にしてたら……大切なものを失うぞ」


 ぴくっ、と一瞬鳴海の身体が跳ねた。それを見て、綾は薄く笑む。


「まあ…………失ってからじゃ遅いけどな」


 それは、どこか歪な冷笑。この世の全てを嘲るような……痛ましいほどに酷く冷艶な微笑。





 瞬間、綾の纏う気配が爆発的に辺りを侵蝕した。





 ……同時に、気温が異常に下がったような錯覚が鳴海と美咲を襲う。


 氷点下などという表現では生ぬるい。例えるなら、そう――絶対零度。


 吐息まで凍てつくような気配が、透き通った氷のような世界が、眼前を覆って――――






「ぅ、あ……あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――っ!!」




 それら全てを振り払うかのように、或いは断ち切るかのように叫びながら――鳴海は再び綾に躍り懸かった。





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