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深淵の王  作者: 伊里谷あすか
五、夜は浸食する
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5―14 困惑



 凍りついたと錯覚するような空気の中に、綾の抑揚のない声が響いた。


「相手は死体だ。死体はモノだ。モノを壊すことに、どうして躊躇う必要がある? 壊さなければこちらが殺される。生きるためなら当然のことだろう?」


 綾が鳴海から目を外すと同時に、冷たい歪な感覚は霧散する。


 と、そこで戸惑ったような、悲しそうな、なんとも言えない表情をしている美咲に気付いたのか、綾は小さなため息をついた。


 その様子は、先程の不気味なまでの無機質さと違い、無表情の中に呆れや困惑といった感情がありありと透けて見える。


 美咲はその変わりように今度は別の意味で戸惑ったのだが、綾にはどう見えたのかもう一度ため息をついてから口を開いた。


「あのな、説明不足だったかもしれないが、僕だって何も好き好んでここまでやったわけじゃない。言い訳のように聞こえるかもしれないが、仕方なくだったんだ」


「……どういうこと?」


 美咲が聞くと、聞いても気持ちの良いものじゃないぞ、と前置きして、綾は刀を持っていない右手を上げる。


「死体が襲ってきたとき、僕は真っ先に腕を切り落とした。呪術を使われそうになったから、呪文が言えないように喉をつぶした。動けないように足を切り飛ばした。それを全ての死体にやった」


 刀を鞘ごと右手に当て、切る真似をした。記憶を辿るように、喉、足にも刀を当ててなぞる。


「終わったと思ったら、切り離した腕と足が別々に攻撃してきた。動けないはずの胴体も飛びついて噛みつこうとしてきた。指と腕を切り離したらそれらも個別に襲ってきた」


「う……」


 想像したのか、美咲が顔をしかめた。


「切り離すんじゃ埒が明かないと思ったんでな、――死体を全て凍らせた」


 綾は手のひらにに拳ほどの氷を出現させて、息をのんだ美咲に見えやすいように前に突き出す。

 

「中の水分が凍った物は壊れやすくなるだろう? それを利用して凍らせてから破壊した。それが散らばってから気温で溶けて……今の状態になった」


 風が動いたと思った瞬間、パンっ、と氷が砕け散り、辺りに散らばった。小さな氷の破片は、やがて空気や地面の温度で溶けだし消えていく。


 流石にここまでやったら動かないみたいだな、と綾は呟いた。


「……普通なら、こんなことしなくていいんだ。普通の呪術師なら、な」


 そう言って腕を下ろした綾はくるりと美咲たちに背を向けると、赤い氷の道を辿るように歩き始めた。


 やがて血だまりから出ると、そのまま足を止めることなく社へと進んでいく。


 綾の姿が遠のき、その背が大分小さくなったころ、ようやく美咲は我に返り、慌てて声を掛けた。


「ちょ、綾、どこに……」


「僕は少しここを調べる。お前たちは早く帰れ」


 行くの、と美咲が続けるより早く、綾はその言葉を遮り答えた。


 その間にも綾は遠ざかり、その足音がやけに大きく響く。


 だが、あまりに淡々とした綾の態度に釈然としない気がして、美咲はまだ動けずにいた。


「……早く帰らなくていいのか。連絡があったんだろう?」


 動く様子が感じられないのにしびれを切らしたのか、綾が一瞬だけ足を止めて振り返る。


 すぐにまた綾は背を向けてしまったが、そう言われて揚羽からの連絡のことを思いだした美咲は、慌てて駈け出そうとして――






ギィイイインッ――!






 鈍いような、鋭いような嫌な音に、反射的にそちらに振り向く。


 その先にあったのは――










 ――綾に対し、《椿》を振り下ろした鳴海の姿だった。







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