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深淵の王  作者: 伊里谷あすか
五、夜は浸食する
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5―13 戦慄



「!!?」

「ちょ、綾!?」


 血飛沫が跳ねる――と思いきや、足を着けた場所から赤い水面が次々と凍りつき、波紋一つ立てることなく綾はその中央付近まで進んでいく。


 パキパキという水分が瞬間的に凍る音と、微かな冷気が辺りに広がったが、綾が足を止めると同時に氷の浸食も止まり、その足跡だけがまるで氷の道のように残された。


 綾がその場で腰を曲げ、何かを拾い上げる。


 拾い上げられたもの――それはもとは白かったであろう一枚の羽織だった。そしてその中央に描かれているのは、血に染まっても尚鮮やかな、彼岸花を模した朱色の紋様。


 朱は、呪術師の中でも煉賀家にのみ許された色。彼岸花の紋は、煉賀家の家紋。



 つまり、この血の海に沈んでいるのは――――



 背筋を氷塊が滑り落ちるような酷い戦慄を覚え、何も言えない美咲と鳴海を後目に、綾は淡々と同じように赤く染まった布地を拾い上げていく。


 計三枚。その全てに、朱の彼岸花が咲いていた。


「ここ、大きく斬られているだろう?」


 そのうちの一枚を刀を手に持ったまま器用に広げ、血がつくことも構わずに綾は二人に示す。


 羽織の左肩から右下へ向けて、ざっくりとした大きな切れ目が見て取れた。


「僕がここに来た時には、煉賀家の術師が三人、既に事切れて倒れていた。この羽織に残った刀傷がその死因だろうな」


 ちら、と綾は一度裂け目に視線をやってから、三枚ともまとめて血の付いていない石畳の上に放る。


「そのままにするのもどうかと思ったから、羽織を脱がして顔に掛けておいたんだが、何があったのか調べようと死体に背を向けたら……襲われた」

 

「……何、に」


 美咲が震える声を抑えて尋ねた。現状や綾の話から予想はついていたし、できればそうであって欲しくなかった。尋ねたいものでもなかった。


 だが、現実から目を逸らすわけにもいかない。だから、敢えて尋ねた。




「死体に」




 それが例え、どれほどおぞましい現実であっても。








「馬鹿なことを言うな。死体が、動くわけないだろ」


 ぽつり、と鳴海が言った。認めたくない、とその声音が物語っている。


 だが、綾は残酷なまでにはっきりと否定の言葉を突き付けた。


「いいや、事実だよ。そしてそれを僕が返り討ちにした、……それが僕の知っている顛末だ。納得はできたか?」


 できるわけがない、鳴海が拳を震わせながらそう小さく呟いたのが美咲には聞こえた。


 綾は聞こえたのか聞こえなかったのか、眉ひとつ動かさず二人を見つめている。


 やがて、鳴海は身体を微かに震わせながら、ため込んでいたものを吐き出すように、絶叫するかのように怒鳴った。



「…………たとえ、例えそうだったとしても。……ここまでする必要はなかっただろ!!?」



 鳴海が指し示したのは、足元に広がる赤い海。


 そしてその中に沈む、断片の、細切れの、ミンチ状の、液化した――死体。


 見るも無残な、『人』とは到底呼べぬ代物。脂肪も筋肉も臓腑も骨も脳髄も眼球も、特定できるものなど無いに等しい。


「お前は、何も感じないのか!? 身内を……仲間の肉体を壊すことに、躊躇しなかったのかよ!!」


 その言葉に、ひどく冷めた鋭い視線が、鳴海へと向いた。


「それがどうした」




 ひとしずくの感情さえこもらない、無機質な瞳と、目があった。


 声よりも言葉よりも、その無感動さに、ぞっとした。






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