5―12 違和
「綾、」
何かを言いかけ、言葉が続かなかったのか美咲はそのまま口をつぐんだ。
そんな美咲を僅かに一瞥した綾は、ふ、と軽く息を吐いて、左手に提げていた鞘に刀をあてた。
刀を鞘に納める微かな摩擦音が響き、きん、と鋭い音を立てて、刀身が隠れる。
「……綾、なの?」
ようやく口を開いた美咲に対し、綾は皮肉っぽい微笑を浮かべて言った。
「僕以外の何かに見えるか?」
僅かに首をかしげる動きにあわせて、黒い髪がさらりと揺れる。
……からかいの混じりの返答に、ゆるやかな仕草。
あまりに自然で、なんてことのないその言動。
だが、だからこそ……この場においては、ひどく不自然だった。
忘れてはならない。今美咲たちは――――血の海のすぐ傍に立っているのだ。
ゆるい風が、辺りの空気をかき混ぜる。血の香が混じった風は桜を散らし、赤の上に薄紅の花弁を落としていく。
ざわざわと音を立てる木の影は、白い地面の上で手招きをするように揺れている。
おぞましいほど美しく禍々しいコントラストに、眩暈がした。
……どうして、こんな場所で――普段通りに振る舞えるのだろう?
周りの嫌な光景よりも、そのことが、そのことだけが、美咲には恐ろしく感じられた。
「……それで、質問に答えてもらおうか。お前たちは、何故、ここにいて、何をしている?」
再び黙り込んだ美咲と鳴海に、いつもの無表情にもどった綾が淡々と問いかける。
――静寂に、風音と木々のざわめきだけが響く。
そのたびに空気が掻きまわされ、不快な匂いが花弁とともに宙を漂っていく。
……沈黙を破ったのは、鳴海だった。
「……先に、お前が答えろよ」
「何を?」
絞りだしたかのような声で問うた鳴海に対し、綾はあっさりと聞き返した。
あまりにも淡白な反応に妙に苛立ちがつのる。だが、それを押し殺し、鳴海は言葉を変えて先程よりもはっきりとした声音で言った。
「……他人に何か尋ねるときは、自分のことの方を先に言うべきじゃないのか?」
直後、綾がほんの一瞬だけ微かに目を見開き、唇の端を釣り上げた。
「まあ、一理あるな」
答えた声音にも、僅かな笑みが混じっていたような気がして、美咲は思わず綾の顔を凝視した。だが、そこには能面のような表情があるだけで、笑みの欠片など一片たりともありはしない。
見間違い。そんな言葉が脳裏を過ったが、美咲にはそうだとは思えなかった。
――綾の見せた表情と声が、何故かひどく嬉しそうに感じたから。
「っ、じゃあ、言えよ。お前が何故ここにいて、何をしているのか。……この状況はどういうことなのか、説明しろ」
「お前に命令される筋合いはない。…………と言いたいところだが、埒が明かないから正直に答えるとしよう」
「…………」
「そう睨むな。慌ててもろくな事にはならない、だろう?」
美咲がそんなことを考えている間にも鳴海と綾の会話は進んでおり、綾は二人の方に近づいてくると……ためらいもなく、血の海に足を踏み入れた。
中途半端ですみません……。