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深淵の王  作者: 伊里谷あすか
五、夜は浸食する
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5―11 境内





 嗅覚がほぼ麻痺し、役に立たなくなった頃。


 美咲と鳴海は、ようやく石段の頂上へと辿り着いた。


 境内の入口には、下の物とはまた別の大きな鳥居がそびえたち、空を覆っている。


 視線を脇にやれば、数えきらないほどに立ち並ぶ桜の木。花々は今この時のために存在しているのではないかと思うほど、一斉に、惜しげもなく、その全てを花開かせていた。


 そして、咲き誇る桜に挟まれるようにして、社まで一本の参道が伸びている。


 石畳はところどころ割れたり欠けたりしているが、十分舗装されていて、歩くのに困るほどの状態ではなかった。


 ……以前訪れたときまでは。




 ――水にたゆたう桜は、儚く美しいものであるのに。


 血溜りに浮かぶ桜の花弁というのは、それだけでこうも、禍々しく見えるものなのか。




 ペンキや絵の具をバケツ単位でぶちまけても足りないであろうほどの、赤い赤い水溜まり。


 それが、境内の半ばから石段近くまでを点々と散らされ、あるいはべったりと地面を染め上げていた。


 ただでさえ(くら)いその色は、風で散った薄紅の花弁が浮き、余計に強調されて見える。


 美咲が、吐き気をこらえるように口元に手を当てた。


 だが、そこにはあるはずのものが見当たらない。これだけの血がここにあるのに、それがないわけがないのに。


 その赤を持っていたもの……すなわち、死体(ヒト)が。


 違和感を覚えた鳴海は、思わずまじまじと血だまりを見て――――そして、そのことを心から酷く後悔した。


 ……死体は、なかったわけではない。ただ、判りづらかったというだけだったのだ。


 切り裂かれた、などという生易しい表現では足りない。細切れにされた(・・・・・・・)と言った方が近いかもしれないが、それでもまだ生ぬるい。


 たとえ野犬やオオカミに食い散らかされたとしても、もっとまともに原形を保っているだろうにと、鳴海は頭の片隅で思う。


 ――血だまりの中には、あまりの細かさに視認しづらいほどにミンチ状にされた肉片が沈んでいた。


 大きくて一センチあるかないか、小さいモノは半ば液体と化して赤色に溶けているほど。また、所々に骨か、眼球か、はたまたそれ以外の何かはわからないが白っぽい欠片も混じっている。


 前に工事現場で見たモノが―不謹慎にも―可愛く思えるほど、凄まじい惨劇の跡。


 『炎』ではない。そんなものでは弱すぎる。



 『血の海』と云う表現は、この場にこそ相応しい。



 ……海の中に、沈んで、赤く染まった布の塊が見える。一、二、……三カ所。


 つまり、三人分の――





「――――お前たち、何をしている」





 その声は、社の方向から聞こえてきた。


 二人が反射的に顔を上げると、石畳の通路の先、社の手前に、一つの影が見えた。


 声の主らしき人物が一歩こちらに近づくと、ちょうど社の影から外れたのか、その姿がはっきりと露わになる。


 水のようになめらかな、結い上げた黒髪をそよ風になびかせて。


 月明かりを鈍く照り返す、抜き身の刀を右手に提げて。


 社を背にして、夜空を背にして、――そして、満月を背にして。




 睦月綾が、そこに立っていた。





遅くなって申し訳ありません。スランプに入ってしまったみたいなので、しばらく書きだめをして推敲しようかと思います……。


章設定ができるようになったので、さっそく使ってみました。

あと、五章が異常に長くなってしまっているので、途中で一区切りにして、六章を最終章にすることにしました。

今の文量で投稿していくと、最低で五章があと10話、六章が20話くらいになりそうです……。今しばらくお付き合いください。

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