5―10 推測
……流れる赤色を避けるようにして石段を登る。
一段、また一段と上がるたびに、赤の見える範囲と鉄の臭いはひどさを増していくように感じる。
下から上の境内が覗けないほどに長い階段を、二人は周囲を確認しながら歩んでいた。
「ねえ鳴海、私たちなんでこんなところに来たのかな? あのとき、確かに門をくぐったはずなのに……」
その道程の途中でそう言って、美咲はそっと隣の鳴海に目をやる。
石段を登り始めてからずっと無言だった鳴海は、その問いかけに反応して、静かに言葉を紡いだ。
「そうですね……。心当たりがゼロってわけでもないですけど、どれも今一決定打に欠けるといいますか……」
「あるだけマシだよ。私なんか全然思いつかないし……。これじゃ次期当主失格ね……」
もっとしっかり色々学んでおけば良かった、と呟く美咲に、鳴海は口を開く。
「俺には、美咲さん以外の人が次の当主になるなんて考えられません。自信を持ってください」
「あ、ありがと……」
その率直な言葉に、わずかに頬を赤らめて美咲は礼を述べた。
だが、それに、と鳴海は言葉を続ける。
「俺の役目は《次期当主の護衛》ですが、俺が守りたいと思うのは美咲さんだけですから」
……今度こそ、美咲の顔は誰が見ても、己でもわかるほど真っ赤になった。
「み、美咲さん?!」
「……鳴海、それって素で言ってるの?」
煙が出そうなほど赤い顔を隠すように俯いて言った美咲に、鳴海はきょとん、と少し間の抜けた表情で応えた。
「え、酢、ですか?」
「……ああ、うん、気にしないで。…………そうよね、鳴海が意識してそんなこと言うはずないよね……」
ぶつぶつと何事かを呟く美咲を、不思議そうに鳴海が見つめる。
それに、なんでもない、と返して、美咲は前を向いた。
……何時の間にか、長い石段も半ばを過ぎている。一筋だけだった血の跡は、既に二筋、三筋と線を増やし、また、幅を少しずつ広げていた。
不謹慎ではあるものの、先の会話のおかげが、美咲の気分は少し軽くなっていた。
「で、心当たりって?」
改めて問いかけられ、鳴海は少し思案してから答える。
「まずは、転移術。対象を自分の思うところに移動させる術です。でもこれは制約が多くて、大抵が自分、または自分が触れたものにしか使えません。しかも呪力の消費も大きくて、術師本人だけでも難しいのに、触れてもいない他人を二人も移動させるなんて、普通に考えてできることじゃありません」
ですから、これは却下です。と、鳴海は言った。
「次に、空間接続術。名前の通り、空間と空間を繋ぐ術で、〈門〉と呼ばれるものを設置して、それを通り抜けることで別の〈門〉へ移動します。転移術と違って自由に行き先は選べませんが、〈門〉さえ作ればあとは呪力を消費することもありません。一方通行のものも多いので、さっきの現象に一番近しいものを引き起こせるのはこの術だと思います」
「? じゃあその、空間接続術ってやつが使われたんじゃないの?」
「……この術にも、制約があるんです。術者以外でも発動できますし、慣れれば転移術よりも呪力消費量はずっと少なくてすむ術ですが…………ある意味、制約というより必須条件と言ったほうが近いかもしれませんね」
む、と美咲は小さく唸り、悩んでからこう答えた。
「人数制限……じゃないよね、さすがに」
鳴海は、違いますよ、と苦笑。
「簡単なことです。この術は、〈門〉を通る者の意思が、空間を移動するという意思がなければ発動しないんです。〈門〉は普通作った術者にしか認識できない。そこに〈門〉があることを知らずに通った人々全員が移動したんじゃ意味がないですからね。それにもし、一般の人が通るところに〈門〉を作って、何も知らない人が通って移動なんてしてしまったら、パニックなんかじゃすまないことになりますし」
「はあ……確かにね……」
「あとは、俺たちが知らない術という可能性ですけど……知らないものを考えることはできませんから。推測の立てようがありません」
「そっか……」
もう着きますよ、と美咲を前に向かせながら鳴海は自分にだけ聞こえる声で呟いた。
「知らない術、か……」
説明文が多くてすみません……。
でも珍しく地の文が少ない回でした。