1―7 用事
着替えを済ましたあと、美咲は鳴海と並んで廊下を歩いていた。
「当主さまが呼ばれていますよ」
あのあと、そう鳴海が告げたからだ。
「お義父さんが?」
聞き返すと彼は首肯した。美咲を起こしに来たのはそのためだったらしい。
伝統的な日本家屋の、広い庭に面した長い廊下を二人は無言で歩く。
洋風に改築された居住空間のリビングやキッチンとは違い、呪術師としての煉賀家の本部にもなっているこちら側には何となく厳かな雰囲気が漂っており、いつも気後れしてしまうのだ。
どちらも一言も発することなく当主の部屋の前にいくと障子戸の手前に着物姿の女性が一人座っており、中に聞き耳を立てていた。
部屋を覗こうと挙動不審な行動をとっている女性に美咲は声をかける。
「揚羽さん?何やってるんですか?」
びくうっ!と女性――南雲揚羽は肩を震わせた。
彼女は当主の遠い親戚にあたり、その補佐、いわゆる秘書のような役職に就いていて、情報部では叔父の旭に次いでNo.2を誇る人物である。
性格は明朗快活で、誰にでも別け隔てなく接するため、養子とはいえ当主の娘である美咲にも普通に話しかけてくれる数少ない者のうちの一人だ。
揚羽は声をかけたのが美咲ということに気づくとあからさまにほっとしたようだった。
「あら、美咲ちゃんに鳴海くん。おはよう」
おはようございます、と返した二人に屈むように手招きすると、彼女は小声でさっきの行動の理由らしきものを話し始めた。
「今ね、お客様がいらっしゃってるの」
「はあ」
美咲が生返事を返す。はっきり言ってあまり興味はない。
だが鳴海はあることに気づいたようだ。
「あれ、でも俺と美咲さんは当主に呼ばれてきたんですけれど……」
つられて小声で尋ねる彼に、揚羽は微笑んだ。
「ええ、二人が呼ばれてるのに違いはないわ」
「なぜわかるんですか?」
「わたしが呼んだから。……というのは冗談で、今いるお客様は‘協会’の方なんだけれど、あなたたち二人と年が近いみたいなのよ。だから二人がお客様の補佐として選ばれるんじゃないかな、ってね」
‘協会’という言葉が彼女の口から出たとき、美咲と鳴海はそろって嫌そうな顔になった。
さらに補佐にされるかもしれないとあってはなおさらである。
二人が何か言おうとしたとき、すぐそこの部屋の中から声が飛んできた。
「南雲、誰か来たのか」
厳格な声――当主・絢斗のものである。