表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深淵の王  作者: 伊里谷あすか
五、夜は浸食する
79/90

5―9 夜闇


 あくまで慎重に、周囲を警戒しながら走ること数分。美咲と鳴海は煉賀の屋敷に辿り着いた。


 内心安堵しつつも、勢いを殺さぬまま二人は門を通り抜け――――思わず足を止めた。


 急激なブレーキを掛けたために二人の足は地面を削り、ひどい砂埃が舞い上がったが、そんなことを気にしている余裕は、ない。



 門の先に足を踏み入れた瞬間、確かに見えていた屋敷の姿は掻き消え……眼前には朱塗りの鳥居と石段が現れていたのだから。






「…………え?」

「な、ん…………!」


 同時に呟くも、周りの光景は変わらない。


 山にほど近い緑に囲まれた舗装されていない道に、石畳の参道。その延長戦上にある苔むした石段に、空を覆う所々剥げた朱色の鳥居。


 屋敷の中とはかけ離れた、けれど見覚えのある風景。


 確かに、屋敷に足を踏み入れたはずだった。だが、眼前に広がっているのは――最近訪れたばかりの、再開と決闘の舞台となった街外れの古びた神社の入り口。


 ――落ち着け。


 思考が追いつかない。パニックを起こしかけている頭を無理矢理鎮めるように、大きく深呼吸。


 ――落ち着け。


 ――冷静になれ。


 暗示を掛けるようにそう心の中で繰り返しつつ、美咲はゆっくりと足元に目をやる。


 美咲たちの足元は、先程大きく削ってしまった砂と土の地面があり、まだうっすらと砂埃が残っている。屋敷に入ってすぐの地面は綺麗な石畳であるはずだから、そうそう削れるものではない。


 ――――つまり、今見えているものは幻覚の類ではなく、実際に自分たちは神社の前にいるのだろう。


 くる、と後ろを振り返ってみても、通ったはずの屋敷の門の姿はなかった。当然のように、街外れの自然の多い光景が見えるだけだ。


 そして、空。急激な変化に戸惑い最初は気付かなかったが、明らかに変わっていた。




 木々の隙間の向こう、夜闇の中に、煌々と月が浮かんでいる。




 歪な夕闇は門をくぐった瞬間に霧散し、それが当然であるように世界は夜の姿を取り戻していた。


 雲ひとつない空に輝く満月だけが、辺りを明るく照らしている。木々の落とす濃い影が、ぬらりと妙な重みをもっているように感じられ、酷く気味が悪い。


 先程までの夕闇の光景とは違う、コントラストを無理矢理強調したような光と影の風景は、絵画に描かれたかのように作り物めいた異常さを孕んでいる。


「……?」


 辺りを見渡した時に、ふと、木影とは異なる陰影を視界に捕えた気がして、美咲は眉を寄せた。もう一度、今度は目を凝らして、同じ場所をじっくりと見る。


 砂の上? ……違う。


 参道? ……違う。


 鳥居? ……違う。 


 石段? …………――そこだ。



 ――黒い影のようなものが一筋、石段を伝っていた。



「鳴海……あれ」


「……?」


 すっ、と美咲が指し示した先を見て鳴海は目を細める。


 そして、それ(・・)を視界に収めた直後――ごおおおぉっ、と一陣の風が辺りを吹き抜けた。


 風は神社の……石段の先から流れ込み、思わず目を瞑った美咲は、次の瞬間にはそれを大きく見開く。


 わずかな間に通りすぎた暴風。それは確かに鉄錆に似た匂いを運び、辺りは一瞬にしてむせ返るように濃い匂いに包まれた。


 そう、まるで、血のような……。


 ……ざああああぁぁぁ、と風に揺られた木々の枝葉が擦れて音を鳴らす。まるで手招くように、枝が揺れ動く。


 枝とともにその影が動いたことで、影に埋もれていた石段がわずかに照らされた。


 それ(・・)をはっきりと認識した美咲は、嫌な予感ほどよく当たる、と心中でそうひとりごちる。


 つ……、と石段を流れ落ちるひとしずくの影。――――その色は確かに、赤。


 赤い紅い液体は、石段の上、本殿がある境内から音もなく次々と流れてくる。


「……どう思う、鳴海」


 答えなど分かり切っているが、頭がそれを拒否していた。せめて口先だけでもいいから違うと言ってほしい、そんな現実逃避が思考をよぎる。


 しかし、当然のごとくそんな甘い考えは切り捨てられた。


「血、でしょうね」


 鳴海はあえてはっきりとそれを口にした。美咲と同じく逃げそうになる思考を、現実に留めるために。事実から目を背けないために。


 鉄錆の匂いにか、それともその赤い色に引きずられてか。二人の頭に、十日ほど前の、工事現場での惨状がよみがえった。


 あの時に似た空気に思わず身震いがする。思いだすだけで、緊張で体が強張る。


 ――おそらく、この先にはあの……血の炎と同じか、それ以上の凄惨な光景が広がっているのだろう。


 ようやく、屋敷で感じた予感の一部が、今、ここではっきりと形を成し、そのことを美咲たちに伝えていた。


「……美咲さん、どうしますか」


 鳴海が、静かに問いかける。考えていることは同じだろうに、生真面目に問うその様子に、美咲は思わず笑みをこぼす。


 きっと、進めば戻れない。だが、今引き返したところで屋敷に帰れるとも思えない。


「行こう。……進むしか、ないよ」


 きっ、と前を見据えて、美咲はそう答えた。






区切りが悪かったのでいつもより文章量が多いです。初の二千字越え。



気をつけてはいますが、誤字脱字等ありましたら報告下さると助かります。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ