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深淵の王  作者: 伊里谷あすか
五、夜は浸食する
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5―7 静寂


「さて、飛び出してきちゃったけど……これからどうしようか?」


 あはは、と乾いた笑いをこぼしながらそう言った美咲に、鳴海は呆れたように肩を落とした。


「考えてなかったんですか……?」


 ため息混じりのその声に、美咲は気まずげに俯いて頬をかく。


「う……。……だってさ、さっきまでなんか考えてる余裕なんてなかったし、ただ急に外に行かないとって思って……」


 紡ぐ言葉は言い訳にもなっていないが、実際にそうだったのだから仕方がない。そんな美咲の心中を知ってか知らずか、鳴海は今度こそはっきりとため息をつくと、気を取り直し正面から美咲に向き合った。


「……まあいいですけど。混乱してたのは俺も同じですし……。とりあえず、やることがないなら一度家に戻りませんか? 予感について、当主様たちと話し合うべきだと思いますし、落ち着いて考えたら、するべきことが見つかるかもしれませんよ」


「うーん……、そうだね。急に出ていくとか言って、お義父さんにも迷惑かけただろうし……」


 一旦帰ろうか、と苦笑して顔を上げた美咲は、ふと違和感を覚えて辺りを見渡した。


 街灯の光の外に見えるものと言えば、夕闇の中に立ち並ぶ他の街灯と、それらに照らされた住宅街の道路。それと、ほとんどの店のシャッターが下り、静寂に包まれた商店街ぐらいのものだ。


「美咲さん?」


 何かが足りない、そう感じて考え込んだ美咲を不思議に思ったのか、鳴海が訝しげに声を掛け――そこで美咲は気付いた。


 道路と商店街。|それらだけしか見えない(・・・・・・・・・・・)のは、おかしいのだと。


「ねえ、鳴海」


「はい?」


「静かすぎない?」


「……え?」


「ここ、静かすぎるよ。……私たち以外、誰もいない」


 ばっ、と鳴海は慌てて辺りを見渡した。


 道路、商店街の通路、どこを見ても――――人がいない。ただ、不気味なまでの静寂が薄闇とともに存在しているだけで……。


 今まで気付かなかったのがおかしいくらいの異常さに、鳴海は無意識に息をのんだ。


 現在の時刻は、煉賀の屋敷を出てからそう時間は経っていないはずだから、せいぜい六時半といったところだろう。


 言い方は悪いが少し寂れてきた商店街とはいえ、シャッターが閉まるにはまだいくらか早く、そして道路には学校や仕事帰りの人々が歩いているのが常の時間帯である。人がいないなど、珍しいという類の出来事ではない。


 確かに、そんなことがないとは言い切れないが……突発的に家を出て、偶々やってきた商店街と住宅街に、偶々人がいなかった―――そんな偶然があるのだろうか。


「……美咲さん、早く屋敷に戻りましょう。……ここは、何かおかしい」


 ……その何かが何なのかは、鳴海にも説明できないのだが。


 その言葉に美咲が頷こうとしたところで、―――鳴海の視界に何かが映り込んだ。


「……蝶?」


「へ?」


 反射的にその何かの名称を呟いた鳴海に、美咲はつられてその視線の先へ振り向いた。


 そこにいたのは、ひらひらとどこか不規則に、だが方向性を持って舞う一匹の揚羽蝶。鮮やかな青と黄色が、黒とともにその羽を彩っている。


 二人以外の人の姿が見えない中で、それは酷く異様に見えた。が、美咲と鳴海はほぼ同時にあることに思い至り、その感覚は一瞬にして跡型もなく吹き飛ぶ。


「「揚羽さんの、式神?!」」


 優雅に空を泳ぐ揚羽蝶――式神はその声に応えるように、二人の周りをゆったりと旋回した。





夏休みに入りましたので、少しでも多く更新できたらと思います。


完結までまだまだかかると思われますが、どうぞお付き合いくださいませ。

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