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深淵の王  作者: 伊里谷あすか
五、夜は浸食する
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5―5 焦燥




 夕闇が広がり、徐々に人の顔も見えづらくなる時刻。


 黄昏――――『誰そ彼(たそかれ)』とはよく言ったものだ、確かにこの薄暗がりの中で相手を判断するのは難しい。


 そんな取り留めもないことを意識の片隅で考えながら、鳴海は美咲を追いかける。


 煉賀の屋敷を離れて早数分、かなりの速度で走っているにも関わらず、美咲が速度を弱める気配はない。


 まだまだ体力に余裕はあるし息も全く乱れてはいないが、このままでは埒が明かないと、鳴海は一気にスピードを上げ、力強くアスファルトを蹴って――――


「――美咲さんっ!」


 そして間もなく、人のいない商店街を抜けたところで追いつき美咲の腕を掴んだ。


 ざりっ、と靴底を削る音とともにそのまま立ち止まった鳴海に引きずられるようにして、美咲はやっと足を止める。


 やがて、美咲がゆっくりと振り返った。だが、その表情は暗がりに呑まれて見えず、ただ視線が掴んだ腕に向けられているのを感じる。


 わずかな間、鳴海と美咲はお互いの掴み掴まれた腕を見つめた。


 どちらからともなく、口を開きかけた、その時。


 商店街を含めた道路の所々にある街灯がぶぅんと鈍い音を放ち、数回瞬いたあと、その半径数メートルをぼんやりとした光で照らし始めた。


 それは鳴海と美咲のすぐ傍にあった街灯も例外ではなく、ちょうどスポットライトが当たるかの様に二人を中心として辺りを照らした。


 そのおかげで、先程は見えなかった美咲の顔がはっきりと見えるようになり、鳴海は息を呑む。


 今にも泣きそうな、焦燥、不安、困惑など様々な想いが入り混じった表情。開きかけていた口をギュッと引きしめ、じわりと浮かんだ涙は今にもこぼれそうだ。


 ……美咲は、あまり泣かない。喜怒哀楽は激しいが、人に涙を見せるのを嫌う。怒りにしろ悲しみにしろ、人前で泣くことはほとんどない。


 それは鳴海の前であっても例外ではなく……だからこそ、鳴海は戸惑った。まだ泣いていないとはいえ、普段泣かない人が泣いた時の対処法が分かる訳ないのだから当然といえば当然なのだが。


 ともかく何か言わなければと、鳴海はゆっくりと口を開いた。


「…………落ち着いてください」


 とっさに出てきたのはそんな凡庸で陳腐な言葉だったが、そこでようやく、ずっと腕に向けられていた美咲の視線が上がり、鳴海を視界に入れた。


 掴んだままの腕が微かに震えた気がして、鳴海は努めて平静で、穏やかな口調で繰り返す。


「落ち着いてください。焦っても何も変わりません」


「……でも」


「……俺も、正直なところ混乱していて、あの予感が何だったのか、考えるだけで不安になります」

 

 美咲の涙に掠れた声を聞いて、自分の声は震えていないだろうか、と鳴海は思った。


 今言った通り、不安なのは鳴海も同じだ。自分の感じた予感が美咲と同じものかはわからない。だが、少し意識をそちらに向けるだけで、何故、どうして、何が、と疑問ばかりがあふれておかしくなりそうになる。


 表面上だけでも落ち着いて見えるのは、虚勢に過ぎない。美咲をあの異様な予感がもたらすかもしれない未来から守るという、護衛としての責任感と義務感による、虚勢。


 虚勢で不安を押し隠して、鳴海は続ける。


「けど、予感に惑わされて今の自分を見失ったら本末転倒です。予感は俺たち術師の道しるべとなるもの。だからと言って、その未来は絶対じゃない」


「……よ」


 美咲が小さく何かを呟いた。


「……わかってる。わかってるよ。わかってる、けど……」


 言葉が続かないのか、そのまま美咲は黙り込む。伏せられたその顔はやはり、泣きそうで……。



話がなかなか進まなくてすみません……。


今回と次話はやや鳴海寄りの視点になります。三人称で視点があるというのもおかしな話ですが。


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