1―6 起床
翌朝。
結局、あの青年が何者かはわからずじまいだった。
彼が去ったあと家に帰った美咲たちは、当主や情報部の人に彼のことを聞いて回ったのだが、誰も知らないと言っていた。
そもそも、顔は帽子で隠れてほとんど見えていなかったし、服も黒いコートだということしか知らないのだから当たり前のことだったのだろう。黒塗りの鞘の刀だっていくらでもある。
義父は話を聞いたあとに探し出して礼をすると言っていたから、そう時間がたたないうちに見つかるだろう。
少し矛盾するが、はっきり言って煉賀の情報網はかなり広く、さらに深い。先のように青年のことが何一つわからなかったのがおかしいくらいなのだ。
「美咲さん」
あるいはあの青年が、その情報網をすり抜けるだけの実力を持っているということなのか。
「美咲さん!」
もしそうだとしたら彼の力は如何なるのものなのか。自慢できるほどではないが、それなりに強い自分と鳴海が反応さえできなかったとなると―――
「みーさーきーさんっ!!」
べしぃっ!
「ぐぎゃ!?」
突然頭に衝撃が走り、美咲は変な声をあげて飛び起きた。
「いったあ〜」
はたかれた部分をさすりながら顔を上げると、鳴海が呆れた表情でこちらを見おろしていた。右手には丸めた新聞紙を持っている。
「やっと目が覚めましたか」
溜め息混じりに発せられた台詞は聞き逃せないものだった。
「やっと、って何よ!ちゃんと起きてましたー。考え事してただけですー」
「よだれ垂れてますよ」
「嘘っ!」
慌てて口元に手をやる。
「はい、嘘です」
ピシッ、と美咲の動きが止まった。
(はめられた……)
「寝てたんですね?」
「……はい」
「だったら早く動いて下さい」
やれやれと首を振る鳴海。口で彼に勝てたことはない。
せめてもと一言だけ言い返す。
「鳴海くん、レディーの部屋に入るなんていやらしー。お姉ちゃん悲しいわ」
はぁー、と彼は盛大な溜め息をついた。
「何言ってるんですか。ここリビングですよ」
「あ」
そうだった、昨日は予想より帰るのが遅くなったから、報告が終わってすぐに眠くなってリビングのソファーで寝たんだった。
「あと誰が姉ですか。美咲さんは従姉妹だし、まず同い年でしょう」
完璧に言い負けたうえに、冗談さえもが追い討ちとなって返ってきた。
完全敗北。
それが今朝の始まりの言葉だった。