4―11 黒服
「あの」
突如、背後から声が聞こえた。
瞬間的に鳴海は左へ、陽方は右へ飛び退き、同時に振り返る。
話をしていたとは言え背後に人がやって来るのに気づかないほど、鳴海に力がないわけではないはずだ。だが……現実には人がそこにいる。
鳴海だけではなく、様子からして陽方も気付いていなかったらしい。つまり、相手はかなりの――
警戒心も露わに振り返った先にいたのは、一人。全身黒尽くめの人物は困ったように言った。
「あの……ここ、どこなんでしょう?」
「「……はい?」」
「……本当にすみません。お手数をおかけして……」
「いえ、いいんですよ。ね、鳴海さん」
「え、あ、はい。問題ないですから」
十数分後、鳴海と陽方は黒尽くめの人物を連れて街中を歩いていた。
あのあと、単純に道に迷ってしまっただけだったらしい彼は二人に道案内を頼み、つい先ほど工場地帯からやって来たところなのだが……
「……それにしても、どうしてあんな所に居たんですか? ショッピングモールを歩いていたはずだったんでしょう?」
「それが、連れを探しているうちに気付けば周りが工場だらけだったんですよ。……不思議ですよねえ」
陽方の質問にややハスキーな声とのんびりとした口調で彼は返すが、鳴海は内心不信感でいっぱいだった。彼が居たというショッピングモールから工場地帯までは、直線距離で数キロ離れているのだ。普通、不思議で済まされることではないだろう。
それに、と鳴海は自分と陽方に挟まれるようにして歩いている人物に目をやった。
黒のスニーカーに黒のジーンズ。春先にはまだ寒そうなまたまた黒の薄手のセーター。そして墨色の髪に同色の瞳。身長は陽方よりやや低いといったところだろうか。手には買い物帰りと思われるビニール袋が二つ。整った顔には常に微笑みをたたえ、どこかひょうひょうとして掴みどころがない雰囲気を纏っている。……実際、先の会話から分かるように掴みどころがないのは確かなのだが。
「……でも、本当にありがとうございます。あのままふらついていたら、隣町に行ってしまったかもしれませんでしたし」
「さすがにそれは……」
ないですよ、と続けようとした鳴海に、彼は苦笑して言った。
「いえー、それが前に一度隣県まで行ってしまったんです」
「……そうなんですか」
……鳴海も陽方も、笑うしかなかった。
だが、
「あ、いました!」
と彼が指差した先――とあるショッピングモールの中庭で言い争いをしている人物たちを見た瞬間。
「あ」
と、鳴海が呟き。
向こうもこちらに気付いて
「あ」と口を開けたのが見えた。