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深淵の王  作者: 伊里谷あすか
四、平穏な非日常
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4―9 喧嘩

 ざり、という足音に此方は反射的に顔を上げた。気付けば隣に綾という人物が立っている。

「あれ……どうにかした方がいいですかね」

 それは此方に話しかけたのか、それとも独り言なのか。

 考えているうちに綾が微笑みかけて来、話し掛けていたのだとわかった。

「えっと……多分、そうだと思います」

 なんとなく、ぎこちなさげに此方が答える。

 ‘協会’の人間を信用するな――それは呪術師の間でよく言われる言葉だ。此方も、父や兄に言われたことがある。

 ‘協会’に所属している人々は、何らかの事情で家を出たり独学で学んだりした術師がほとんどであるという。そのためか自己中心的な性格の人物が多いらしく、以前一度だけ依頼で来た術師(ヒト)にはあまりいい印象が残らなかった。

 ……だが、綾は何故か違う気がする。どこが、と聞かれたら答えようはない。強いて言えば……気配、だろうか?

 長い黒髪に長身痩躯、眉目秀麗というのが似合う顔立ち。ともすれば女性と見紛おうかという容姿をしているのに、そのことを感じさせない力強さ。かといって荒々しいわけではなく、流れるように循環する力は、綾の実力をありありと思い知らせてくる。……が、未熟な自分でもわかるほどの圧倒的な気配が近くにあるせいか……何となく落ち着けない。

 そんな此方の思いを知ってか知らずか、綾は視線を此方から外し口を開いた。

「……でも、もう手遅れみたいですね……」

「え?」

 その言葉に此方が思わず顔を上げると、困ったような綾の微笑が目に映った。とっさに彼の視線を追うと、その先には美咲と鳴海が。だが、その雰囲気はどう考えても好友的なものではなく……

「あーもう、このままじゃ切りがない! 綾、此方くん、さっさと行きましょう!」

 突然そう言った美咲は、ずんずんと綾と此方の方までやって来るとそのまま二人の腕を掴んだ。

「(ボソッ)あーあ……」

「うわわわっ?!」

 何かを呟いている綾といきなりの出来事に大慌ての此方を引っ張りながら、美咲はあっという間に鳴海と陽方の側から離れていく。

「え! ちょっと待っ、美咲さんっ!?」

 向こうから鳴海の声が聞こえるが、地味にかなりの速さで進んでいる美咲に聞く気はないようですぐに鳴海と陽方の姿さえ見えなくなった。

 そこでようやく美咲はスピードを緩め、此方たちを解放した。そこでやっと、意外なことが多すぎて停止していた思考がやっと動き出す。

 憧れていた美咲たちの思考が思っていたより自分とかけ離れていないと実感したことや、美咲が女性にしてはかなりの握力を持っていると体感したことなど、色々思うところはあるのだが……

 数十メートルとかではない単位の間男二人を引っ張り続けたのにも関わらず疲れた様子が見えない美咲。そして自分よりも身長が高いせいか、かなり無理な姿勢で引きずられていた綾。

「此方くんー、早くー!」

「此方さん、行きますよ」

 二人が、何事もなかったかのように歩き出しているこの光景。これが煉賀の常識なのだろうか……?

「……僕、ついてけるのかなぁ……?」

 盛大な勘違いをしたまま、此方は二人を追いかけていった。




 だが、先に歩く綾と美咲が

「……馬鹿力」

「誰が馬鹿力よ!」

「手の跡が残ったんだが」

「う、それは……」

「かなり痛かった」

「…………」

 と小声で話していたことは、誰も知らない。

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