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深淵の王  作者: 伊里谷あすか
四、平穏な非日常
60/90

4―7 注意

 美咲がため息混じりに言った。驚き過ぎて逆に落ち着いたようだ。だが、綾はそんな美咲を気にする様子もなく背を起こし再び襖に手を掛ける。

「もう一つの石は自由に使ってくれ。僕には必要ないからな」

「……うん。わかった」

 綾は襖を開く寸前、唐突に振り返って言った。

「一つ言い忘れていた。……陽方とやらとは、関わらないほうがいい」

「え?」

 あまりにいきなりすぎるその言葉に、美咲の思考が停止した。

 その数秒後、思わず口をついて出てきたのは短い疑問。

「……どうして」

「さあな」

 応じる声もまた短く、戸は開かれ、綾が廊下に足を踏み出した。

 とっさに美咲が叫ぶ。

「待って! もう一つだけ聞かせて!」

 既に綾は部屋の外。月明かりで影が落ち、その表情は読み取れない。

 綾の言葉に対し再び浮かんだ疑念。それを拭い去るべく、美咲は問いかける。

「……今日、どうして一緒に来なかったの?」

「…………それを」

 小さく、だがはっきりと彼は言った。


「お前に言う義理はない」


 襖が微かな音を立てて閉じた。






 庭に面し月光が照らす廊下を、彼は玄関に向かって歩いていた。

 ふと、廊下の先から人影がやって来るのに気付く。

 それが揚羽だとわかると彼は静かに会釈して横を抜け、

「綾くん、嘘はついちゃ駄目よ?」

 そこで立ち止まった。 沈黙。お互いに振り返らず、わずか数十センチの距離を置いて背を向け合う二人。そこに疑問はなく敵意はなく好意もない。

「それに女の子を泣かすのも、ね?」

 それらは単なる注意だ。決して忠告ではない。断じて警告ではない。

 揚羽の顔を見ることなく、彼は応えた。

「……わかっていますよ」

 その言葉は短く、故に意味は深く。

 そう、と揚羽は頷いた。

「……ならいいの」

「でも、揚羽さん」

 再び歩を進めようとした揚羽に、彼は言葉を重ねる。

 足を止め、揚羽は肩越しに視線を後ろへ投げた。だが、彼は背中を向けたまま動かない。

「……嘘をついたほうがいいことも、知らないほうがいいこともあるんですよ」

 淡々とそれだけを告げ。

 一度も振り返ることなく歩き去る彼を、揚羽は静かに見詰めていた。





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