1―5 邂逅
「絢文……」
轟音に掻き消されるよりほんの一瞬だけ速く、その呟きは鳴海の元へと届いていた。
聞こえたのは、鳴海にとって好ましいものではない人物の名だった。
幼い頃に両親を亡くした美咲は、伯父であり煉賀家当主である絢斗の養子となった。
当主には息子が一人だけいた。その息子の名前こそ絢文といい、美咲の幼馴染みにして義兄の少年だった。
だが彼は生まれつき身体が弱く、呪力を扱うことに耐えられなかったため独学でほかの術を学んでいたらしい。
らしい、というのはその時には自分は別の家に修行に出されていたため後から聞いた話だからだ。
そして、六年前の春。12歳のときに彼は行方不明になった。
煉賀家から追放されたらしいのだが、追放された理由はわからない。
美咲は知っているらしいが、聞くつもりはない。なぜなら、彼女は絢文がいなくなった原因が自分にあると考えているふしがあるからだ。
その話をするときの美咲はとても辛そうだし、何より彼女にそんな想いをさせている絢文というやつが気にくわない。
なので先程美咲がその名を口にした直後、鳴海はその呟きを向けられた黒い帽子とコートの青年を睨もうとしたが、同時に起こった轟音に気を取られた。
音の発生源はどうやら残されていた異形の肉体のようだった。それがあったはずの場所を中心とし、半径約二メートルが石畳ごと吹き飛ばされている。
ふと、おかしなことに気づいた。
あれだけの音を出した割には被害が少なすぎやしないだろうか。
よく見ると、吹き飛んだ地面の上に一振りの刀が落ちている。さっきまであの青年が構えていた刀だ。
間違いない。彼が何かしたのだ。おそらく先に異形の頭を飛ばしたのも彼だろう。
青年は何事もなかったかのようにそこに近づき刀を拾い上げると、黒塗りの鞘に収めた。
青色の飾りが静かに揺れている。
「あっ、あのっ!助けて頂いてありがとうございました!」
我に返ったらしい美咲が慌てて礼を言うと、青年はふ、と笑った。
「別に俺は何もしてない。……ひとつだけ忠告しよう。最近はさっきみたいな不確定要素が増えている。気をつけろよ」
何もしていないはずはないのに、そう言って彼は踵を返す。鳴海は急いで彼に問いかけた。
「ちょっと待って下さい!貴方はいったい…」
「慌てるな。すぐまた会う」
一度も振り返らず、青年はそのまま立ち去っていった。
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