4―5 不服
しばらくお互い口を閉ざしていたが、やがて耐えきれなくなったのか美咲が綾に尋ね掛けた。
「ねぇ、綾。……二人がどうかしたの?」
「あ? えー……。あー…………なんでもない。ただ気になっただけだ」
「本当に?」
「ああ。……それより、話を切ってすまない。他に何かあるか?」
「特にはない、けど」
よほど集中していたのか、はっ、としたように言った綾が、美咲には不自然に見えた。そして、なんでもないと言い切るには彼の様子はやや違和感がある。
(今のは……慌て? いや焦り? ううん、違う。なんていうか…………不安、かな?)
何に対してかははっきりしないが、美咲はなんとなくそう思った。あくまでもなんとなく、だったが。
『「けど」、何なんだ? さっさとはっきり言え人間。マスターを待たせるな』
不機嫌顔のルキアが吐き捨てるように言った。その中には美咲への嫌悪が隠そうともせずに表れていたが、美咲にしてみれば敵視される理由がわからない。むっとして言い返そうとしたとき、美咲を遮るようにして綾が口を開いた。
「ルキア」
ぴたりとルキアが動きを止める。その声は、今までよりも幾分強く、鋭く美咲には聞こえた。
綾の肩からその横顔を見つめたルキアが、不満そうに呟く。
『マスター……』
「ルキア、悪いが少しだけ静かにしていてくれ」
その綾の言葉にルキアは顔を伏せると、そのままふわりと宙に浮かび姿を消した。窓や襖は開いていないので、いなくなったわけではなさそうだった。
そんな様子に、美咲は少し居心地の悪さを感じていた。が、だからといって押し黙っている訳にはいかないと思い直し、先程言おうとしていたことを口にする。
「あのさ。この話、私たちだけで話してていいの?」
「……どういうことだ?」
「つまり……鳴海は呼ばなくて良かったの?」
「……ああ」
納得したように頷いた綾は、自身の長い黒髪に指を通しながら目を閉じた。
「……今会ったら、色々と余計にややこしくなるだけだからな」
「……そっか」
そう言われてみれば、あの鳴海のことだ。綾に会ったときに素直に言うことを聞くとは思えない。
その光景が実際のことのようにありありと目に浮かび、美咲は思わず苦笑した。
「明日のことについては他にはないか?」
「うん。班編成は明日に当主さまが言うようになってるからね。明後日からは……今のところ見回りや封印の強化くらいしか聞いてないかな」
「わかった。……こんな時間にすまなかったな。迷惑をかけた」
立ち上がって言った綾に、美咲は微笑みかける。
「気にしないで。…………恥ずかしくはあったけど」
「何か言ったか?」
「ううん、何も」
そうか、とそのまま綾が部屋を出ようとしたとき、美咲が思い出したように声を上げた。
「あ! そう言えば一つ聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「……構わないが」
綾はそう言うと襖に掛けていた手を放し、振り返って戸に軽くもたれかかった。