4―3 目撃
『なに目ぇ潤ませてるんだ。ゴミでも入ったのか?』
「え?」
突然聞こえた声に顔を上げると、顔の真正面、つまり文字通り目と鼻の先に妖精が浮いていた。
ぱちり、と美咲の視線が妖精の視線とぶつかり合う。その一瞬後、美咲はとっさに後ろに飛び退いた。だがすぐにその妖精に見覚えがあるのに気付く。
「え、…………ルキア?!」
『軽々しくわたしの名前を呼ぶな! ……というか、何をそんなに驚いてるんだ』
落ち着いてよく見るとそこにいるのは確かに風妖精のルキアで、昨日会ったときと同じ偉そうな口調で美咲の顔を覗き込んできている。
美咲は服の袖で目元を拭うと、彼女に問いかけた。
「い、いつからいたの?」
『最初からだ。姿は消していたが、マスターと一緒にここに入ったぞ』
それがどうした、というように言うルキアに、美咲は軽いめまいを覚えた。
(……最初から、見られてた…………!)
綾が戸を開けたときの慌てぶりも、そのあと顔を赤くしたのも、テディベアを見つけられたときの動揺も、その後の会話で安心して嬉しそうにしていたのも、全部。
今度こそ羞恥で顔を真っ赤にして座り込んでしまった美咲に、ルキアが不思議そうに呟いた。
『……いきなり顔赤くしたり泣きそうになったりして、変なやつ』
ルキアはぱたぱたと軽く背中の羽を動かし綾の元へと飛んでいくと、その肩に座り彼に話しかける。
『マスターはなんであんな奴を気に掛けてるんですか?』
「さぁな。自分で考えてみろ」
それを軽く流し、綾は美咲を見た。
普段は一つにまとめられている髪が、寝る前だったせいか下ろされてカーテンのように美咲の顔を覆い、綾からは表情がまったく見えない。だが、さっきの状態からしてまだ顔は赤いに違いない。
そんな美咲の様子に綾はため息をつく。そしてテディベアから手をのけ、おもむろに立ち上がり美咲の正面に屈み込むと右手でその額を弾いた。
「いたっ! 何すんの?!」
がばりと頭を上げた美咲は、反射的に前にある顔を睨みつける。まだ美咲の顔は赤みがかっているが、どちらかというとデコピンされた痛みに対する驚きといった様子だ。
その視線を臆することなく受け止めた綾は、何事もなかったかのように美咲の机の椅子を引き出して座った。
「……本題に入りたいんだが」
「え、あ、うん!」
綾がそう言うと美咲はすぐに睨むのを止め、大人しく座り直す。が、その際一言言っておくのは忘れない。
「……勝手に人のに座んないでよ」
「悪かったな」
そうは言えど綾に椅子から退く気はないらしく、美咲は諦めて姿勢を正す。
その一連の様子を、ルキアが綾の肩の上からやや不審そうに見下ろしていた。