4―2 趣味
ためらいもなく戸を開けた青年に美咲がジト目を向けると、彼の冷徹そうな目と視線がぶつかった。
「…………」
「なんだ、その目は」
「……べっつにー? 許可もなく女の子の部屋に入るなんて、サイテーとか思ってないけど?」
「……そんな心情の割には顔が赤いぞ」
「!」
ばっ、と両手で頬を覆った美咲に、綾はため息をつく。
「……思ってないなら、あからさまな態度を取るな。別に僕は気にしないが、分かりやすいにもほどがある」
「わ、悪かったわね! 嘘がつけなくて!」
「別に悪いとは言ってない」
「……あっそ」
美咲は仏頂面を作ると、綾に背を向けた。と同時に綾に見られたくなかったもの――自分の部屋の内装が目に入る。
それはピンクの水玉模様のカバーが掛かった布団だったり、可愛らしいレースがついたカーテンだったり、本棚に詰まった少女漫画だったり、机や棚の上に所狭しと並べられたぬいぐるみだったり――そして、一番隠したいものが奥側の壁……ちょうど美咲の真っ正面に置かれていた。
「……いい部屋だな」
「へ?」
一瞬、美咲は何を言われたのか分からなかった。綾の今までの態度からして、てっきりからかったり呆れたりするものだと思っていたからだ。
美咲が可愛いもの好きだということを知っている人は少ない。鳴海にも教えていないし、ばれているのは揚羽と数人の女友達ぐらいだろう。
だが……絢文は知っている。小さい頃一緒だったのだから当然だ。彼が今更美咲の趣味を馬鹿にするはずがない。
なのに、美咲はさっき綾が自分をからかうと思い込み疑っていなかった。綾が絢文なら、そんなことは有り得ないのに。
思考に浸かっている美咲を後目に綾は部屋の中に入り、奥の壁のところに置かれているものに近付く。その行動に気付いた美咲が止めるより早く、綾はそれに触れていた。
「……まだあったんだな、これ」
そう言って綾が撫でたのは、大きさが子供の身長程もあるテディベア。確かめるように優しく触れてから、わずかに綾は微笑んだ。
「……覚えてるの?」
小さく問いかけた美咲に、当然だ、と言葉が返る。
「妹への誕生日プレゼントを忘れる訳がないだろう」
大人でも抱え上げなければならないほどの大きなテディベア。それは、美咲が小学校五年生だったときに絢文に貰ったもの。絢文がいなくなる前に貰った、最後の誕生日プレゼント。そして、美咲の宝物。
「大切にしてくれてるんだな」
「……うん」
「六年間何もあげれなくて悪かった」
「そんなこと、ない」
「今年は、ちゃんとプレゼントするから」
「うん。……ありがと」
それだけの会話に安堵している自分を、美咲は確かに感じていた。そして、綾の言葉を嬉しく思っている自分からあることに気付く。
言葉を交わし終わり、二人して黙り込む。穏やかな、心地良い空気に浸りながら美咲は思った。
私は、ただこうやって綾に――絢文に安心させてもらいたかったのだ、と。
もし、綾……《彼》が絢文でなかったとしても、心の底で疑っていたとしても、私は《彼》を、自分を安心させてくれたこの優しい青年を、信じたい――
そう、心から思うのだ。