1―4 遭遇
「美咲さん危ないっ!」
「え?」
思考に没頭していると、突然鳴海が叫んだ。
弾けるように振り返ると、そこには自分の数倍はあるであろう巨大な影。そしてそれは全体に比例して大きな爪を美咲の頭上に振り下ろしてきていた。
とっさに腕を交差させ頭を庇――
ザシュリ、と厭な音が響いた。
頭上から粘性のある液体が垂れてきた。どうやら頭に傷はないようだ。おそらく両腕は使い物にならなくなっているだろうが。
(?、痛く、ない――?)
ふと、痛みがまったくないことに気づいた。
神経まで駄目になったのだろうか、そう思い無意識に閉じていた目をゆっくり開ける。
腕には大量の黒い液体が附着していた。だが両腕のどこにも傷など存在していない。
視線をわずかに上に向けると、鋭く光る爪がすぐそこにあった。
「ひゃっ!」
驚き跳びすさるが、影は動く気配がない。
少し下がったことによって影が異形、しかも大きな熊を模したものであろうとわかった。
だが、それには本来あるべきものが欠けていた。
「何これ……頭がない」
そう、その異形の頭部と思われる場所には何もなく、ただ赤黒い切断面が覗いているだけだった。
辺りを見回すと少し離れた地面に半分以上消えかかっている黒い塊が落ちていた。おそらくあれがそうなのだろう。
「だ、大丈夫ですか美咲さ…」
「動くなっ!!」
鳴海が我に返り駆け寄ろうとすると、それを制する声があった。
もちろん美咲ではない。そもそも結界が貼っているはずのこの神社に二人以外の人物がいるはずがない。
(でも、この声どこかで……?)
心地よい響きを持った声に懐かしさを覚え、美咲は自然と声のした方向へと向き直っていた。
だが―――
そこにいた声の主であろう男性、いや青年はこちらにむかって抜き身の刀を構えていた。
「え――」
唇の端から思わず声が漏れる。それと重なるように青年が叫んだ。
ただ、
「屈め」と一言。
とっさに腰を折り前のめりに倒れ込む。いきなり現れた人物の言うことを聞いてしまったのには正直自分でも驚た。
でも、何故かそうしなければならないと思ったのだ。彼の言うことは信頼できる、と。
(彼に似てる……)
そこであることに気づく。
青年にかつての幼馴染みの姿を重ねているということに。
「絢文……」
呟いた声は轟音に掻き消された。