3ー14 悲喜
「それが今から六年前の3月31日。私が小六になって、絢文が中学に入学するはずだった一週間前のこと」
「え?あいつ確か俺や美咲さんと同い年だったんじゃ…」
同い年なら学年は同じのはずだ。美咲の学年と年齢は一致しているから、美咲が留年していた訳ではないだろう。ならば……
「あ、言ってなかったっけ?絢文の誕生日って3月20日なんだよ。で、私の誕生日が4月20日。1ヶ月しか違わないから同い年って言ってるんだ。まあ、それでも一応あっちが義兄で私が義妹なんだけど」
つまりちょうど今の時期だけ年下なんだよ。と美咲は笑った。
「話戻そうか。……あの日私は絢文に初めて違和感を持った。なんで気付かなかったのか不思議だった、あの笑顔…………ごめん、うまく言えないけど……あれは綾が猫を被った時と同じで、相手を騙すためのものだったんじゃないかって。私はずっと騙されてた、そう考えた」
ふぅ、と息をつき空を見上げると、青空を鳥が飛んでいるのが見えた。
ふと、綾は鳥にも似ていると思った。自由に飛び回る渡り鳥。煉賀の家での十二年間も、彼にとっては巣立つまでのわずかな間でしかなかったのか。そして今美咲や鳴海と関わっているのでさえ、たまたま立ち寄った木の枝でしかないのだろうか……
「相手を騙すための仮面。それが綾の他人に向ける笑顔で、それが絢文が私に向けていた笑顔だった。……騙そう、なんて考えてなかったかもしれない。ただ純粋に嫌な面を隠したかっただけかもしれない。けど、私にとっては騙されてるのと同じだった」
だから、嬉しかった。自分たちの前でだけ傍若無人で勝手な言動ばかりすることが。信頼していると言ってくれたことが。ただ無条件に笑顔を見せてくれた昔よりずっと、嬉しかったのだ。
「いなくなったのは寂しくて悲しかったよ。でも、ちゃんと帰ってきてくれた。私はそれだけで満足なんだ」
でも、わかってても怒っちゃうんだよねぇ。と付け足して、美咲は照れたように笑った。
彼女のとても綺麗な笑みから視線を逸らし、鳴海は口をつぐんだ。
そんな笑顔を見せられたら、あいつのことを悪く言えなくなるじゃないか、と彼が心の中で思ったことを美咲は知らない。本人さえ気付いていない小さな嫉妬の炎を、彼女は知らない。
「そういえば、美咲さん」
「ん、なに?」
「今度の誕生日何か…」
「すみません、お待たせいたしました」
声に驚き振り向くと、門から陽方が出てくるところだった。