3―8 刀術
美咲が術を編み始めたころ―――鳴海は異形の攻撃を避け、或いは太刀で受け流し、また或いは徐々に反撃を加えていた。
いきなり囮にされたときは動揺したが、少し時間が経ち冷静さを取り戻してくると相手を撹乱するように立ち位置を調整しながら少しずつ“歪み”から離れていく。一気に動くと警戒されるかもしれないので一度に移動する距離はわずかだが、確実に黒い龍は“歪み”に構わず鳴海を付け狙うように動き始めていた。
そうしているうちに、改めて愛刀である《椿》の変質がはっきりと感じられた。今までよりも自分の思った通りに動く太刀に、感嘆とわずかばかりの畏怖が生まれる。
第一、異形を切り付けて酸のような液体が付着しているはずなのに、溶けるどころかむしろ振るう度に鋭さが増していくようだった。銀色の刃が月明かりに煌めき、鳴海の動きに合わせて光を散らす。
そもそも鳴海は呪術師の中でも刀剣術に特化した羽斑の家に幼い頃から預けられていたのだから、刀の扱いは並みではない。それどころか一流と言えるだろう。力の流し方、無駄のない動き、速さに力、全てが揃ってこその一流。だからこそ―――煉賀に戻り、次期当主である美咲の護衛となりえたのだ。その実力を、煉賀で知らぬ者はいない。
唯一の欠点は感情的になりやすいことだ。綾に負けた理由は自身にあることを鳴海は理解していた。そして、慢心が己の中にあったということも。
異形を避け続ける鳴海の動作は、徐々に洗練され軽やかになっていく。まるで舞っているかのごとく、流れるような動き。今や黒い龍の攻撃に沿って鳴海が移動するのではなく、鳴海の動作に合わせて黒い龍が動くようになっていた。
時折、綾が氷の剣で異形を切り裂き、切断面を凍らせているのが視界に入る。鳴海とは別に、確実な方法で少しずつ力を削いでいるようだ。……おそらく、倒さないように。
綾が異形の龍を倒そうと思えば倒せることを、鳴海は直感的にわかっていた。探知の時に巻き起こしていた風、あの全てを攻撃に回せばルキアが言っていたように粉微塵なんて簡単だろうし、まだ綾は本分であるはずの水の精霊の力をほとんど使っていない。あの口ぶりからしてルキアの力よりも強いのだろうから、この異形を再生させることなく倒すことはできるはずだ。
ただ彼がそれをしないのは、美咲が“歪み”を封じるまでの時間稼ぎだから。“歪み”を封印しない限り無限に現れる異形を相手にするのは無駄でしかない。そのため、先に“歪み”を塞ぐのだ。
だが―――、鳴海の囮も、綾の時間稼ぎももう終わる。
「――森羅万象、全ての理をもって歪曲されし空間を封ずる!」
美咲の声が響き、辺りが一瞬太陽よりも眩しい白い光に包まれる。
やがて夜に戻った視界の中から、黒い円は消え失せていた。




