1―3 異形
異形の獣を相手していた鳴海は、横目で美咲が“歪み”を封じたのを確認すると、大きく一歩後ろにとんだ。
さっきまで自分がいたところを鋭い爪が凪ぎはらっていく。だが鳴海の頭はそれとは別のことを考えていた。
先程の美咲の“歪み”の封印方法、あれは最も手っ取り早く道具も使わず封じることができるのだが、簡単に見えてかなりの呪力量と集中力を必要とする。つまりそれを何ともなさげに実行できる彼女の実力は、煉賀一族でもかなり上位に入る。
美咲の補佐として共に行動するようになってはや三年。同い年であるにもかかわらずその力を悠々と扱う彼女は、当主の娘ということに関係なく自分の憧れだ。
ビュッ、という風切り音が耳元で聞こえ、現実は引き戻される。
異形の爪が頭ぎりぎりを通っていったのだ。そう、今は戦いだ。油断は許されない。
同時に二匹の異形が飛びかかってくる。
一瞬の迷いもなく右に跳ぶと右側の異形が向き変えてきた。予想通り。
大太刀で正面から迎えうつ。牙をむいている頭部を撥ね飛ばし、身体は二つに切り裂く。
生物であれば赤い血が撒き散らされるところだが、異形から出た血は黒く澱んでおり影のようだ。
背後からきたもう一匹に回し蹴りを喰らわし、ぶち跳ばす。
ギヤァア、と耳障りな鳴き声をだして地面に叩きつけられた異形に近づき垂直に太刀を突き立てると、わずかに痙攣したあと動かなくなった。
大太刀を抜き、付いた血を払うため一振りする間に異形は夜闇に溶けるように消え去っていた。もちろん血のあとなどついてはいない。
「ご苦労さま」
美咲が近寄って来ながら労いの言葉をかけてくる。
「いえ、美咲さんこそ。いつもながら素晴らしい腕前です」
「そんなことないよ」
本心なのだが、彼女はお世辞と受け取ったようだ。
「それにいっつも言ってるけど、私に敬語はやめてってば。なんかむず痒いんだ」
「でもこれは癖ですから。っと、そういえば美咲さん。さっきの異形、なんかいつもより弱かったんですけど……」
「弱かった?鳴海が強くなったんじゃなくて?」
「はい」
「そっか……」
そう言って腕を組んで立ち止まった美咲の背後に、大きな黒い影が見えた。
とっさに叫ぶ。
「美咲さん危ないっ!!」
「え?」
彼女が振り返る。だが、
(間に合わない――!)
ザシュリ、と厭な音が響いた。