3―4 黒酸
「くそっ、洒落にならないぞこれっ!」
再び襲いかかってきた異形を跳び避け、続いて振るわれた爪を《椿》で受け止める。ズァリッ、と嫌な音が響き、鳴海は一旦綾達がいる所まで退いた。刃が駄目になったかと思ったが、削れていたのは《椿》ではなく黒龍の爪のほうだったようだ。大太刀には傷一つついていない。
欠けた爪は先程と同じように地面を溶かし、しばらくすると異形の龍に取り込まれ爪が再生する。どうやら強力な酸のようなものらしいが………。
「あの酸みたいなのよりも再生するのが厄介ね……」
「そう、ですね」
眉を寄せてつぶやく美咲に鳴海が同意する。それをどうにかしないとこの異形は倒せそうになかった。それに―――
「倒すとしても、“歪み”を先に封じないと意味がないな」
「…わかってるわよそれくらい」
綾の言葉に若干むっとする美咲。再会してからこの方子供扱いされてばかりだ。確かにこちらのほうが年下なのに間違いはないのだが、小さい頃と同じ扱いをされるのは嫌だった。
「……その方法が思いついたら苦労はしないよ」
「それにこの異形、“歪み”を護ってるみたいだ……」
鳴海の言う通り、漆黒の龍は全身を現したあと“歪み”を隠すように動いていた。攻撃をする時も最低限の距離を動き、片時も“歪み”から離れようとしない。
「方法がないって訳じゃないけど」
ぼそりと呟かれた綾の言葉を、美咲は聞き逃さなかった。
「え、あるの!?」
「そりゃあるよ。あれを“歪み”から引き離して“歪み”を封じたあと再生できないくらいに粉微塵にすればいいんだろう?」
「…だからそんなことできたら苦労はしないって」
『粉微塵にならできるけど』
「え?」
声のした方向を見ると、いつの間にかルキアが綾の肩に座っていた。風妖精はさも当然そうに言う。
『マスターが私の力を使えばあんな異形一瞬で砂にできる。それにマスターには水の精、もがっ!』
「余計なことは言うなルキア」
『むぐ〜、むむむぐむむむむっ!』
「別に今言うことでもないだろう?」
『むむむ……』
「なあ?」
『……………』
「よろしい」
ルキアの口を塞いでいた手を外すと、綾は優しく彼女の頭を撫でた。ルキアは膨れっ面をしていたが、少し恥ずかしそうだ。……美咲たちには綾たちの会話の意味がまったくわからなかったが。
そんな彼らに月の光を遮って影が落とされた。
「へ?」
「あ!」
『うわぁ!』
「……ああ、忘れてた」
そう綾にはっきりと言われた異形の龍は、四人(?)を噛み砕かんとばかりに大きく顎を開き―――
「……いけ」
風の刃に首を切断された。
『「「た、助かった」」』
息をついた美咲たちに向かって綾は、
「胴体から離れたから溶けるぞ」
と言って無情にもさっさとその場を離れた。
足元には異形の首が転がり、溶け始めていた。美咲と鳴海の必死な悲鳴が、結界にひびいたのはその直後だった……。