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深淵の王  作者: 伊里谷あすか
三、血の円舞曲
36/90

3―2 死屍

グロテスクな表現があります。苦手な方はご注意ください。

 それは、あまりにも濃密な“死”の気配。ここでは一瞬たりとも気を抜くことは許されないと空気が物語っている。

「な………」

 鳴海が発しようとした言葉は、息と共に飲み込まれた。同時に死臭をも勢い良く吸い込んでしまい、咄嗟に鼻と口を押さえる。が、ほとんど意味をなさないようだった。

 絶句した美咲は、ただ呆然と目の前の光景を見詰めている。

 それは――――


 まず、先導していた綾から五メートルと離れていないところに赤い水溜まりがある。その中には引き千切られたような切断面を覗かせる一本の腕が落ちている。肩の部分にはなにもない。布切れがわずかにまとわりついている。その水溜まりから赤い筋が伸びている。その筋の先には目玉が転がりさらに向こうの押し潰された頭蓋を見ている。無色の液体と赤い液体と肉色の半液体の欠片が入り混じり凄惨なパレットと化しコンクリートの灰色の地面に人間(ヒト)色の炎を描いている。少し離れたところに上半身。外れた部品(パーツ)の断面から様々な中身が覗いて自己主張し溢れた薄紅の管が濡れて艶やかに光る。身体に敷かれた左腕はジグザグに折れ曲がって骨が頭を出し赤に良く映えている。色々なモノが散って落ちて広がって混ざって転がって砕けて破れて壊れて――――喰われて、いる。


「危ない、美咲さん!」

「え?」

 我に返った美咲の目前には赤黒い何かが迫っていた。だが反応が遅れ、動くことができない。そしてそれは美咲に触れ―――

「え、きゃあっ!」

 突然弾き飛ばされ、美咲は尻餅をついた。

 宙を見上げる彼女の目に映ったのは三つの眼を持つ、赤くぬれた漆黒の獅子。そしてその顎が大きく開かれ牙を剥き出しにしたままもがいている様子だった。

 どうにかして動こうと身体を奮う獅子――恐らくは異形――から赤い雫が振り撒かれる。だがそれは美咲を濡らすことはなかった。

 何故なら…………異形の獅子と彼女の間には薄青く透き通る壁が現れ、それから伸びる幾本もの鋭い棘が異形を串刺し空中に固定していたのだ。やがて動きが弱まり、痙攣を繰り返した後動かなくなる。

 異形の獅子が消滅すると同時に、その壁は緩やかに溶け崩れ地面に染み込んでいった。それにつれて、いつの間にか乾き切っていた美咲の足元は何事もなかったかのように元の姿を取り戻す。まるで手品のような、わずかな時間の出来事だった。

「あ、………ありがとう」

 埃を払いながら立ち上がった美咲は氷の壁を出現させた人物に礼を言ったが、言われた本人は当然であるかのごとく無視した。

 綾の見ている方向を美咲と鳴海が見やると、そこには“歪み”があった。

 直径一メートルほどの、夜闇よりも暗い穴がぽっかりと宙に浮かび、渦巻くようにうごめいている。

「……………」

 無言で《椿》を構える鳴海と、呪符を扇形に広げ持つ美咲。二人に緊張が走る中、空気が動く。

「来た」

 綾が端的に言った瞬間、“歪み”から水柱のように闇が吹き出した。

 そして闇は爪の形を取り、腕が現れ、角が突き出し、牙が生え鱗が付いて―――――瞬く間に歪な龍へと変貌した。


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