3―1 異変
「ねぇ綾!さっきのどういうことなの!?」
美咲が、自分の前を音もなく駆けていく青年に向かって叫ぶ。
夜の帳が訪れた街中を美咲たちは駆け抜けていた。今しがた通り過ぎた商店街は昼の喧騒が嘘のように静かで、閉まりきったシャッターが連なりわずかに街灯に照らされるだけとなって夜闇に浮かんでいる。そんな時刻。
午後九時を前に、不自然なほどの静寂に包まれた夜道。
美咲の手には呪符の束、鳴海の背には大太刀《椿》。そして二人を先導するように走る綾は腰に黒鞘の刀をさしており、三人の姿はに完璧に武装したものだった。
彼らの走る速度は尋常ではなく、遅めの車ならとうに追い越すほどだ。とはいえ、普通人間がそんな速さで走れる訳がない。美咲と鳴海は術を使って跳躍力を上げ、歩幅を大きくすることで速度を上げているのだ。
「おい、無視かよ!」
鳴海が苛立った声を上げると、ようやく綾は少しだけ二人に視線を向けた。呪術を使えない彼だが、こちらを見ている間も美咲たちよりさらに速く走り続けている。
部屋にやってきて一方的に告げたあと外へ出た綾を追うように揚羽に指示され、言われるままに術道具を持ってついてきたは良いものの、本人がまったく喋らないので未だに状況が掴めないでいた美咲がそのことに気付いたとき、不意に彼が口を開いた。
「20時49分、北針マンション工事現場から人の気配が消えた」
「!!」
「ねぇ、それって今日“歪み”が起きるって言った時間と場所よね!?」
「ああ」
二時間近く前に綾が探知したのだから、本来なら当主の命令で赴いた術師が“歪み”を封じているはずだ。だが、今の時刻は発生時間を過ぎている。既に“歪み”は生まれているのに、そこに人の気配がないということは…………
「……じゃあ、そこに何があるってんだよ」
「歪みと、異形。あと――――死体と屍肉と、血の海だ」
淡々と語られた言葉、それはあまりにも簡潔で生々しかった。途端に美咲と鳴海の顔が暗くなる。
「……まさか、お前ら見たことがないのか?」
「………そんなわけないでしょ」
「…あるに決まってる。単に………嫌なだけだ。平気な方がどうかしてる」
美咲が、そして鳴海が否定する。何を、と綾は言わなかったが二人にはわかったようだった。
どことなく悼ましそうな表情となった美咲たちに対して綾はふ、と嘲るような笑みを浮かべ、言った。
「それはご愁傷様。ここから先は、お前らにとって―――地獄だろうな」
「え……?」
そう言った直後に、三人は人払いと隔離を兼ねた結界を突き抜ける。その先には建設中のマンションや機械があるだけ………のはずだった。
そこは、異常なセカイ
むせかえるような血の香りと澱んだ死の匂いが、砂を巻き上げた風に乗って広がった。