2―18 十二
「あ、そういえば揚羽さん。聞きたいことがあるんですけど」
暗い雰囲気を吹き飛ばすように、美咲が努めて明るく言った。
「ん、なあに美咲ちゃん?」
思った通り、すぐに揚羽も微笑んで返してきた。やはりこの女性が笑っていないとどうも落ち着かない。
「ずっと気になってたんですけど………。綾、いえ絢文の今の名前って『睦月綾』ですよね?」
「ええ」
「なんとなくなんですけど、『睦月』って名字に聞き覚えがあるんです。揚羽さんは何か知ってますか?」
「知ってるわ」
あまりにあっさりとした返答に美咲は一瞬目が点になったが、はっと我に返ると噛みつくような勢いで揚羽に言った。
「知ってるんですかっ!?」
「もちろん。……睦月は有名な呪術師の家系だったのよ。〈呪い〉と〈呪い〉に特化した、呪術師という名前に最もふさわしい一族だった」
「……だった、ってことは何かあったんですか」
黙って聞いていた鳴海がふと口を挟んだ。
それに対して、揚羽はゆっくりうなずく。
「その通り。睦月は今から数年前、一族全員が行方不明になったの……………二人は、『守護十二家』ってわかる?」
「あー、聞いたことはある気が」
「はい。呪術師の中でも特に強くて、様々な影響力を持つ十二の家のことですよね。昔聞いた時は確か、煉賀も入っていたはず」
「鳴海くん正解。でも今は色々変わっちゃっててねー。睦月もそのひとつだったんだけど」
「けど?」
「……一族全員が行方不明なものだから、欠番、つまり十二家からなくなっちゃったの。それだけじゃないわ。残りの十一家、『煉賀』、『羽斑』、『成宮』、『遊姫』、『蒼葉』、『九世』『空嶺』、『天照』、『城ヶ原』、『影森』、『深涙』のうち、天照、城ヶ原、深涙の三家は呪術師じゃなくなったし、成宮に至っては睦月と同じく欠番。守護十二家はもうほとんど機能してないのよ。一応交流が続いてはいるんだけど……」
「ちょっと待ってください!じゃあ、あいつはなんで『睦月綾』なんですか!あいつは……煉賀の直系のあいつが、何故睦月を名乗っているんですか!?」
「ちょ、やめなよ鳴海!同姓なだけってこともあり得るんだから!」
声を荒げた鳴海を美咲が慌ててなだめる。揚羽に対して怒鳴っても意味はないはずだ。
「……そろそろ、美咲ちゃんも鳴海くんも本当のことを知るべきかしらね」
「「え?」」
揚羽から放たれた言葉に、二人は動きを止める。
「それは―――」
彼女が言葉を続けようとしたとき、音もなく襖が開いた。
そこにいたのは、わずかに目を細めてこちらを見据えている――綾だった。
「あれ、綾なんで…」
「風に人の呪力と血の香りが混じってる。……何か起きたらしい。誰か、死んだかもな」
至極淡々と、一方的に、そう告げた。
現実逃避に更新です。
これで二章は終わりです。前にあと数話と書いておきながら、すぐに終わってしまいました。もう少し長くなると思ってたんですけど。
とはいえ、ここまでお読みくださってありがとうございます。できれば感想、評価等いただけると嬉しいです。
説明ばかりだった二章と違い、次の三章は色々動きます。新キャラも出ます。
今回のを読んで、あれ?と思った方がいてくれるといいんですが……。