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深淵の王  作者: 伊里谷あすか
二、兆しは夕闇に
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2―13 氷塊

「俺もそれくらいの時に羽斑(はむら)の家で」

 呆れた口調の綾の言葉に加え、悪気はないのだろうが追い討ちとなる鳴海の言葉。

 そして美咲はというと………あさっての方向をむいていた。

 そんな彼女に、鳴海の不思議そうな視線と綾の呆れたようなため息がぐさりと突き刺さる。

「「「………………」」」

 なんとも言えない雰囲気の中で口を閉ざす三人に、ルキアが綾の肩の上で美咲を指さし言った。

『つまり知らなかった、いや覚えてなかったのはお前だけ』

「…………ルキア、失礼だろう。事実とはいえ言わないことがいいこともあるんだ。そっとしておいてやれ」

「…………………………あんたの方が失礼よ黙りなさいバカ(あや)ーーー!!」

 あからさまなからかいにぶち切れた美咲は大声でそう叫ぶと、綾に殴りかかった。

 体術が得意ではないとはいえ、美咲の動きは一般人に認識できないほど速い。だが一般人とはほど遠い綾は、そのパンチの連打を最小限体を傾けるだけで全て避けていた。

「絢ねぇ……。随分懐かしい呼び名」

 綾はよけながらぼそりと呟いたが、切れた彼女には聞こえていなかったらしい。だんだんと拳や蹴りの回数や量が多くなっている。

 しばらくの間彼は美咲の攻撃をかわしていた(時折ルキアに当たりかけ本人は悲鳴を上げていた)が、らちがあかないと思ったのかふと動きを止めた。

 そして綾がよけるのをやめた時、たまたま美咲の拳は彼の顔面に向かっており、あと少しで直撃するかと思われたが―――

 ごすっっ

「ぎゃっ!?」

 突如鈍い音と共に短い悲鳴が上がると、拳は当たる直前に勢いを失い、美咲が体勢を崩すのに合わせてそのまま脇へそれていった。

「いったー!なんなのよもう!」

 いきなり頭を襲った痛みに、わけが分からず痛い場所を押さえる美咲。涙目で周りを見回すと、自分のすぐ傍に拳大の塊が落ちていることに気付いた。

「何これ………氷?」

 透明なそれをつついてみると、ひやりとした冷たさと張り付くような感覚があった。やはり氷のようだ。

「いったいどこから……」

「落ち着きましたか、お嬢さん?」

 彼女をわずかに見下ろす形で、揶揄(やゆ)するように綾が言い放つ。そして美咲が触れていた氷を拾い上げると右手の平に乗せた。

「なんで氷が?」

 鳴海の疑問の声に応えることなく、綾がそのまま右手を握ると氷の塊は音もなく粉々に砕け辺りに飛び散った。

「!!」

 その欠片は畳や机の上に落ち、それらを濡らすかと思われたが宙に舞った一瞬のうちに跡形もなく消え失せ、あとには水滴一つ残されていなかった。


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