2―10 視線
綾の容姿はとても中性的だ。髪を長く伸ばしているのもその要因の一つなのだろうが、整った顔つきが男とも女とも言い切れなくしているのだ。
だがところどころ男らしい部分がある。例えば声は低めのバリトンだし、肩幅もそこそこある。線が細く見えるのは無駄な筋肉がついていないからだろう。
それでも美青年ではなく美人という形容が似合うのは・・・その気配のせいなのか。
「美咲さん、どうしたんですか?」
鳴海に小声で話しかけられ、美咲は我に返った。
「な、なんでもないよ」
「……ならいいんですけど」
鳴海は変なところで勘が鋭い。もし綾のことを考えていたとわかれば不機嫌になるだろう。綾は悪い人では(多分)ないわけだし、もう少し仲良くしてもらいたいものだが・・・誰だって自分が負けた人と普通に接するなんて簡単にできるものじゃないから仕方ないことだろう。
そうは思っていても、何故鳴海が綾を目の敵にするのか美咲はわかっていないので二人を仲良くさせる方法などまったく思いつかないのだが。
「綾殿、申し訳ないのだが至急に“歪み”の探知を行なってもらえないだろうか」
「ええ、それは構いませんが………。何かあったのですか?」
「少し、な。そこにいる私の甥が、異形の強さに違和感を覚えたらしい。そこで今日“歪み”を封じた後で調査を手伝ってもらいたいのだが……」
当主と綾、二人の会話の矛先が一瞬だけ鳴海に向いたとき、綾の視線がこちらに動いた。
「そうですか………」
綾は目を細めて言った。だがその奥にある瞳が鳴海をじっと見ていたように感じたのは―――気のせいだったのだろうか。
「わかりました。お手伝い致しましょう。―――もう、探知を始めても?」
「ああ構わない」
「では、皆様すみませんが外へ」
そう言いながら庭へ出ていく綾に続いて、皆が廊下に出る。
「あれ、お義父さまは?」
「私はいい」
襖を閉める直前、絢斗が動いていないことに気付いた美咲が問いかけたが、彼はそう断った。
「美咲、よく見ておきなさい。呪術とは異なる術を、そして綾の力の片鱗を」
「は、はい」
どことなく違和感を感じる物言いではあったが、美咲は素直に頷いておいた。言われなくとも、綾の実力を見る絶好の機会だ。見逃せるはずもない。
美咲が出て行った後、絢斗は深くため息をつくと天を仰いだ。
「………それにしても、綾は――絢文は本当にお前にそっくりになったよ。なあ――――芙美」
お前が認めるほど、良い奴に育ったか?
虚空に尋ねるが、それに答える者はいない。
この部屋にも、この地上のどこにも。
彼女は、いない。