2―7 紅石
「うそ………」
無意識に言葉が漏れていた。そしてそれは美咲の心情をこれ以上なく端的に表したものだった。
折れた太刀、赤い石、呪力の流れ、閃光。単語ばかりが頭の中をぐるぐると回り、半ばパニックを起こしている。
ただ、はっきりしているのは折れていた太刀が元通りになったということだけだ。それでも信じられず、何度となく目を瞬かせる。
だが、見える光景はまったく変わらず、そこには傷一つない刀身があった。
ふと、先程から黙りっぱなしだった鳴海が静かに動く。
「え、鳴海?」
驚いた美咲が声をかけるが、鳴海は答えず《椿》を手にとった。
確かめるように何度か握り直し、ゆっくりと立ち上がると刀を構えて静止。
……―――ざんッ
一呼吸のあと、鋭い斬撃が空を切った。
ザッっ―――……
返す刀でさらに一線。だが、実際のそれらの動きは美咲にはわからなかった。
理由は一つ。ただ速かったのだ。彼女が今までに見た鳴海の斬撃よりも。
「………軽い、軽すぎるくらいだ」
唐突に、鳴海が口を開いた。
「どういうこと?」
驚きのあまり逆に冷静さを取り戻し始めた美咲だったが、簡潔すぎるその言葉の示す意味が咄嗟に理解できず疑問の声を上げた。
「……切れ味も抜群、重さも刀としての動きに支障がでないぎりぎりの状態。これはただ《直った》なんてものじゃありません」
「じゃあ、なんだっていうの……?」
「……さあ、俺にはちょっと………」
そう言いながら鳴海は傍らに置かれた封筒に目を向けた。正確には、その中にあるもう一つの紅い石にだろうが。
「その石が何なのか、《椿》がどうなったのか、知るはただ一人。……ってことか」
美咲のつぶやきに鳴海は黙って頷いた。
そして、全てを知っている人物はもうすぐここにやって来る。
「行きましょう、美咲さん。さっきから訳の分からないことだらけでいらいらしてるんです。しっかり説明してもらわないと」
「あ、うん」
鳴海は太刀を鞘に収め憤然と立ち上がると、きびすを返した。慌てて美咲も腰を浮かせる。
便箋を封筒に戻し、それを持って部屋を出たところで―――廊下の角から揚羽が姿を見せた。
「あ。美咲ちゃん、鳴海くん、ちょうどよかった。ついさっきお客さん――綾くんが来たわよ」
それを聞いた二人はどちらともなく互いに目を合わせる。
「――行こっか」
「――はい」
揚羽のあとに続いて、二人は離れから出た。
日が沈み、宵闇が訪れた世界に、皓々とした臥待月が妖しく輝いていた。
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