2―3 用件
『……用件?』
一瞬の間のあと、ルキウスはきょとん、とした目を美咲に向けた。
「そうよ。何か用事があったから来たんじゃないの?」
『え、あ、ああもちろん!用事もないのに危険をおかしてこんなところに来るわけないだろう!?まさかマスターに頼まれたことを忘れていたなんてそんなわけ』
「……………」
慌てたようにまくしたてる妖精に美咲が冷たい視線を送ると、ゆっくり目を逸らされた。
「忘れてたんだ?」
『……………』
質問に対して無言のルキウス。
質問をして再び冷たい視線を送る美咲。もちろん無言。
『……』
「……」
『………』
「………」
『…………』
「…………」
『……………』
「……………」
『………………』
「………………」
『…………………』
「…………………」
『……………………』
「……………………」
『………………………』
「………………………」
『………忘れてた、忘れてたよ忘れてました忘れてましたよ!それは悪かったなこれで満足か!!?』
沈黙に我慢できなくなったのか、それとも美咲の視線に耐えきれなくなったのか、ルキウスがいきなり叫び出した。どうやらプレッシャーに弱いらしい。
「別に悪いとは言ってないじゃない。ただ偉そうにしてた割には天然なんだなぁと」
「誰が天然だ誰が。馬鹿にするな!そもそもお前が当たり前のことを聞くから話が逸れたんだ!』
「どこが当たり前なのよ、あれのどこが!」
『術師の世界では常識だこの世間知らず!』
「言ったわね羽虫のくせにっ!」
『言ったな馬鹿!』
「馬鹿って言った方がバカよ!」
今時小学生でさえ言っているのかわからない低レベルな口げんかを始める二人。どうやら精神年齢は同じくらいらしい。
だが、結局大した時間もたたないうちに終わることになる。
なぜなら――――
「美咲ちゃんー?誰か来てるのー?」
「あ、揚羽さん!?」
いきなり揚羽がガラリと部屋の引き戸を開けて現れた。
「あら、どうしたの?」
「他人の部屋に来るときに気配絶ちしないでくださいっ!寿命縮むかと思いましたよ」
「ごめんなさいねぇ。くせになっちゃってるからつい……」
心臓が飛び出そうなほど驚いていた美咲の言葉に、申し訳なさそうに揚羽は答える。だがさらりとすごいことを言っていた。
そんな彼女に呆れ半分、驚き半分、といった表情で美咲は尋ねる。
「揚羽さん、何かようなの?」
「いえ、用って訳じゃないの。ちょっと近くを通りかかったら話し声が聞こえたから」
誰もいないわねぇ?と不思議そうに呟いた揚羽と同じように部屋の中を見回すが、なぜか風妖精の姿は見当たらなかった。
「んーと、電話。携帯で電話してたんだよ」
「そう?」
咄嗟に近くに放ってあった携帯を見せながら言うと、怪訝そうにしながらも納得したらしく揚羽はきびすを返した。
「じゃあまた後でね」
そう言った揚羽の顔が見えなくなって、足音さえもが完璧に聞こえなくなった瞬間、美咲は脱力した。
『危なかった……』
そんな声がした方向を見ると、一体何処にいたのか、いつの間にかルキウスがさっきとまったく変わらない位置で浮いていた。