1―15 敗北
綾の刀は仰向けに倒れている鳴海の首筋から皮一枚を残して突き立っていた。
そのまま動かない、いや動けない彼を一瞥すると、綾は得物を引き抜いて鞘に収め地に落ちた花びらを踏みながら大きく数歩移動した。放たれていた殺気はすでに霧散している。
互いに無言。
その沈黙を破ったのは綾だった。
「……一つ、聞かせてもらおう」
その言葉に美咲と鳴海、二人の視線が向けられる。だが彼は特に気にした子もなく、ただ淡々と言った。
「お前は剣士か、それとも呪術師なのか。どっちなんだ?」
ぐっ、と鳴海が口をつぐむ。歯には音がしそうなほどの力が込められていた。
「呪術師というのなら修行不足も甚だしい。春に、しかもその象徴とも言える桜が咲いていて、さらに東の位置から木行の術を使っておいてあの程度の力しか出せないのなら、もう一度術を学び直すことをお勧めする」
有無を言わせない綾の口調。
「だが、剣士だと言うのなら、僕がお前に対して言うことは一つだけだ」
ほんの一瞬、能面のような表情が歪められる。
「――この、恥さらし」
綾はそのまま身を翻し、彼が石段に足をかけたところでようやく我に返った美咲は咄嗟に追いかけ、その腕を掴んだ。
「……何?」
無表情に加えて何を考えているか分からない声。
その表情に少し怯んだが、綾の放った言葉を聞いた瞬間、彼女は切れた。
「何?って、あんたこそ何なの!?鳴海が恥さらし?さっきから黙ってたら言いたい放題、何様のつもりな」
「本気で言ってるのか?」
「え?」
振り向いた彼の顔は無表情のまま。だが声が違う。
「だったら、僕はお前も軽蔑するぞ」
冷たい炎、とでも形容すればいいのだろうか。触れたものを燃やすのではなく凍らせるような怒気がそれには込められていた。
「当主からは剣技だけなら己と互角と聞いていた。剣士の名家と名高い羽斑に預けられていたこともだ。それなのに術師に技で押し負けた挙句、己の得物を弾かれるなんて失態をおかした。弁明の余地さえないだろう?」
それらの言葉は全て計ったかのように鳴海に届くぎりぎりの声量で発せられていた。なのに鳴海は反応せず、じっと空を仰いでいるだけだ。美咲は何も言うことができない。
「大方、煉賀に戻って来てから自分より強い相手とほとんど闘っていないんだろう。術を使ってない術師に負けたことなんて、なかっただろうな」
吐き捨てるように言ってから綾は再び石段を降りて行った。
ただ、最後の一段を降りきったあと、一度だけ振り返り何かを呟いたように見えた。
それは美咲にか、それとも鳴海に対してだったのかは分からない。
だが彼はそれきりこちらを見ることはなく、ごく自然に歩き去った。
時刻は昼前。くしくも綾と最初に再会してからちょうど半日後。再び、神社には美咲と鳴海だけが残された。