1―10 名前
「・・・あに?」
鳴海が呆然と呟く。
「兄。義理だが」
綾は平然と答えた。
そこで我に返ったのか、鳴海は確認するように彼に尋ねる。
「誰が、誰の?」
「僕が、美咲の」
淡々と答える綾。
しばしの無言。鳴海は綾を睨み、綾はただ無表情で立っている。
だが痺れをきらしたのか鳴海は続きを問うた。
「……つまり?」
「美咲から僕について聞いたことなかったのか?……つまり、僕は」
「あっ、あ、絢文ぃ――――っ!!?」
今になって美咲が間の抜けた声で叫んだ。
わかってはいたのだろうが、信じられないという表情を向ける鳴海に綾はしっかりと目を見て告げた。
「僕は睦月綾。だが、一応の元の名前は煉賀絢文という。……言っておくが、僕のことは綾と呼べ。前の名で呼ぶなよ」
何も返すことができない鳴海を一瞥すると、彼はもう一人へも声をかける。
「お前もだ、美咲」
「ふぇ?」
まだ驚きが抜けきっていなかったらしい。次第に意味を理解すると、慌てたように口を開いた。
「なんでよ!?お義父さんたちからもらった名前でしょ!?なのに…」
「だから嫌なんだよ。それに、僕と煉賀家は既に縁が切れている。もちろんお前も、そこの鳴海とかいう奴も含めた煉賀の人間と僕は完璧に赤の他人だ。そしてもう一つ、僕は今の名前に誇りと愛着を持っている。かつては持てなかった物をな……。それが理由だ」
これでわかったか、と視線で告げる彼。反論できない美咲は論点を変えることにしたようだった。
「じゃあ、その、お義父さんは綾が絢文だってこと知ってるの?」
「知ってるな」
「「はい?」」
至極あっさりした返事が返ってきた。
そんな風に返されると思っていなかった二人は、見事に声をハモらせその後絶句。
「だって二人が部屋に入ったとき、僕に敬語なんか使ってなかっただろう?部屋に案内されたとき真っ先に『絢文か?』って聞かれたからな」
「……なんて答えたの?」
ようやく立ち直った美咲が尋ねる。
「さっき美咲たちに言った内容とほぼ同じことだ。そしたら僕を‘協会’の睦月綾として扱うことに決めたらしい。さすがに敬語は使わなかったけど」
「そんな!実の息子をそういうふうに割り切るなんて!!」
「追い出されなかっただけマシだ。『二度と来るな』って言われたら‘協会’に帰ってもいいとは思ってたが」
無表情に抑揚もなく言葉をつむぐ綾に、美咲が何か言おうとしたが、それよりも早く
「おい!!」と、鳴海が声をあらげた。