1―9 仕事
「ほう、昨日美咲が言っていたのは綾のことだったのか」
そう言いながらも当主は特に驚いた様子ではない。
「いいえ」
だがそれを本人はきっぱり否定した。
何いってんだコイツ、という表情の美咲と鳴海をにこやかに無視し、さらには
「私にそんな大層なことはできませんよ」とのたまった。
「ちょっとま――」
「そうか」
いい加減なことを言う綾に鳴海が文句を言おうとするのを遮るように、当主は納得の相づちを打つ。驚いた美咲が抗議の声を上げた。
「お義父さん?!」
「本人がそう言っているのだから違うのだろう。
それより、お前たち二人に任務を与える。綾がここにいる間、その補佐をすること。これは決定事項だ、拒否は許さん」
当主の綾に対する様子に疑問を感じながらも、有無を言わせぬその口調に反論することなどできず、二人はしぶしぶと、だがはっきり了承する。
「煉賀美咲、了解しました」
「煉賀鳴海、同じく了解」
「それではよろしくお願いしますね、美咲さんに鳴海さん」
綾がにっこりと笑いつつ、完璧な動きで一礼した。
あのあと、そろそろ拠点とするホテルに戻るという綾の道案内に強制的にかりだされた美咲と鳴海は、はっきり言って困っていた。
綾をどう扱うべきか決めかねていたのである。
今までの‘協会’所属の術師たちとは何かが根本的に違う気がするし、年も近いらしい。
そのためか、どうしてもうまく話しかけることができないのだ。
しばらくして、美咲が決心したように口を開いた。
「綾さんは―」
「敬語使わなくていいですよ」
いきなり出鼻をくじかれた。だがこれで話が続けられそうだと判断したのか、彼女は続けて話しかける。
「いいんですか?」
「ええ、実を言うと敬語使われるの苦手なんです」
「わかり、ううん、わかったよ綾。じゃあさ、綾も敬語やめてくれる?ホント言うと、私もあんまり好きじゃないのよ」
「なんでそこで俺を見るんです?」
鳴海が抗議すると、美咲はニヤリと笑った。
「だって何回言っても敬語やめないから」
「だからこれは癖で」
「それも何度も聞いた!」
「そう言われても……って綾、さんどうかしましたか?」
微笑を浮かべて二人のやりとりを見ていた彼だが、気づいたときにはあさっての方向をむいていた。
やがてはぁ、と溜め息を吐くと、彼は浮かべていた笑みを一瞬にして消し去り能面のような無表情に変え、言った。
「まだ気づいてないのか?」
その突然な表情と口調の変化に戸惑い、絶句する二人――いや美咲に、綾は決定的な言葉を続ける。
「同じ年だし義理とはいえ、六年ぶりに兄が帰って来たのに、ひどいと思わないのか?……美咲」