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不運の王子と幸運の鍵  作者:
3章
17/33

7 恋する決意

 思いがけない場所で思いがけない人物に巡り合ったシャンテルの困惑をよそに、アーヴィンはつらつらと取りとめのないことを話し続けている。

「たとえば宗教ってやつは、気候風土や国勢や、酷ければ統治者なんかに影響されて、都合のいいように生まれ作られ、改変される。信仰は実は永遠でも一定でもなく、変化していくものだ。人間と同じだね。派生する神話もそう。語り継ぐもの、受け取るもの、その状況によって様々な様相を見せる。ネタとしてすごく面白いもんなんだよ」

「……たしかにあなたの物語は、神話を題材にしたものが多いわね」

 本をよけて隙間を作り、敷物の上にじかに座りこんだシャンテルは、とりあえず無難そうな相槌を打つ。同じように向かいに座ったアーヴィンは、シャンテルの傷めた手首に包帯を巻きながら微笑んだ。

「まあね。作家を志したのも、その辺りのことに興味を持ったのがきっかけだったし。『金の林檎』の話も書いたよ。読んだかい?」

「……え、ええ、館の書庫で借りて」

 アリステアの顔と言葉を連想し、どうしてか動揺するシャンテルを、アーヴィンは面白がるような目で見つめる。

「あれは子供の頃の習作で、アリスの寝物語用に書いてやった話だ。――その様子だと、何かに使われたかな? 口説き文句とか」

「な、ななな何を言ってるのかよくわからないわ!」

 わかりやすくどもってしまったシャンテルに、アーヴィンは軽く笑う。

「はは、まあ、深くは聞かないけどさ。……アリスもあれで隅におけないな。『呪いの王子』なんて愉快なあだ名をつけられて、実際笑えるほど運がなかった奴だったが、ようやく風向きが変わったかな?」

「……そんな言い方はないんじゃない? あの人の不運は笑いごとじゃないわ」

「そうかい? 次の話のネタにしようかと思う程度には、面白いと思うよ、俺は」

 心配する素振りも無く、あっけらかんと言い切るアーヴィンに、かっと腹が立つ。

「あなた、アリスのお兄さんでしょう? 少しは真剣に――」

「シャンテル! ここに居るのか?」

 言おうとした文句は、外から聞こえた呼び声にかき消された。

 弾かれたように声の方へ顔を向けるシャンテルを、やはり愉快そうな笑みのままで、アーヴィンは見つめた。治療を終えたシャンテルの腕を掴んだまま立ち上がった彼は、迷いなくシャンテルごと窓辺へ移動する。

 引きずられるようにして窓辺に立つ。とん、と前に押され窓の下を見れば、こちらを心配そうに見上げるアリステアと目が合った。アリステアは、シャンテルを見るとほっとしたように吊り気味の目元を緩めたが、背後に立つアーヴィンが見せ付けるようにゆっくり肩に回してきた手に気付くと、再び眦を鋭くした。

「……シャンテルを引きとりに来ました」

「見りゃわかるさ。でもな、俺ももう少しこの子と話がしたい。せっかくだからお前も来いよ。ほら、そこから登れ」

「…………」

「ちょっと、何言ってるのよ、あなた。あんな梯子以下の階段、アリスが登ったら危ないじゃない。壊れたらどうするのよ!」

「だから面白いんだろ? 大丈夫、そいつは丈夫だよ。落ちたって死にゃしないさ。なあ、アリス」

「……わかりました」

「ちょっと、アリス! やめなさいったら!」

 更に強く肩を引き寄せるアーヴィンに顔を歪ませるシャンテルを見て、アリステアは承諾の返事をした。頼りない階段に足を乗せるアリステアを、シャンテルは窓から身を乗り出すようにして止める。そのシャンテルの耳元で、アーヴィンは歌うように囁いた。

「幸運の鍵は魔法の鍵」

「――え?」

 唐突に変化した声色に、シャンテルは目を丸くする。どこかで聞いたことのある、この声。どくん、と心臓が鳴った。同時に、じわりと胸に熱が浮かぶ。

「アリスにかかっているのは、呪いではなく魔法だよ。解きたければ、一緒に俺を追っておいで。アリスだけでも君だけでもいけない、必ず一緒に辿り着くこと。――ああ、それと、もう一つだけ忠告だ。というより、お願いかな?」

 振り返る前に、どん、と強く背中を押された。抗う間もなく体はあっさり窓枠を越え、ぐらり、と傾ぐ。

「クリスタベルを責めないでくれ。へそを曲げると厄介なんだ」

「―――!?」

 暗示めいた言葉を背中で聞きながら、シャンテルの体は完全に窓から離れた。階段を登るアリステアを目掛けるように、落下する。

「シャンテル‼」

「―――――アリス……‼」

 叫び、両手を広げるアリステアに向かって、シャンテルも夢中で腕を伸ばした。怖かった。胸には覚えのある熱が滲んでいる。この熱は幸運の兆し、これがあれば、シャンテルに危険は及ばない。この後だってどうせ助かる、それはシャンテル自身が一番よく知っている。だが、それでも怖かった。自分を受け止めようと臆せず広げられた両腕を、頼らずにはいられなかった。――例えそれが、不運の王子のものだとわかっていても。

 やっと触れた指先を縋るように掴むと、強く腕を引かれ、しっかりと抱き寄せられた。触れた彼の温度に安堵した瞬間、胸に灯った温もりが、すう、と失せる。

(……いけない!)

 失せた幸運に、シャンテルは自らの過ちを悟るが、もう遅かった。シャンテルを受け止めた衝撃でアリステアは足場を踏み外し、結局二人でまた、落ちる。

「―――――――っ……‼」

 みるみる近付く地面に、シャンテルは目をつむる。アリステアはシャンテルを庇うように抱いて離さず、腕にますます力を込めた。

 ――そして、ぼすりという、軽い衝撃。

 柔らかな何かに体が埋もれ、とっさにもがく。

「………っぷは!? な、なによ、これ!?」

「……だ、大丈夫か、シャンテル?」

 沈む体を引っ張り上げてくれながら、干し草まみれになったアリステアは言った。口の中にまで入った草にむせながら、シャンテルもようやく状況を理解する。――どうやら、塔の下に置かれていた飼葉桶のひとつに、うまい具合に落ちたらしい。柔らかい干し草が落下の衝撃を吸収してくれたのだろう。体におかしなところはなさそうだった。

「怪我はなさそうだな。……無事でよかった」

 肩を落とし、心底ほっとしたように息をついて笑いかけるアリステアに向かって、シャンテルはしかし、大声で叫んだ。

「――冗談じゃないわ‼」

 突然の剣幕に驚いたように水色の目を瞠ったアリステアに、更に言い募る。

「どうしてこんなことになるのよ! 勝手に選んで勝手に連れてきたくせに、帰れって言われたり邪魔だって言われたり嫌がらせされたり、あげく塔から落とされたり! わかってるの、どれもこれも、みんなあなたの傍にいるせいよ‼」

 感情の赴くまま一息に叫び終え、肩で息をするシャンテルに、アリステアは瞠った目から徐々に力を抜いた。やがて穏やかな声でぽつりと言う。

「……すまない」

 眉尻を下げ、いっそ優しげに微笑むアリステアに、シャンテルは彼の諦めを悟る。

 きっと、前にも誰かに――以前の婚約者や事情を知る人々に、同じように言われたことがあるのだろう。責められたことが、あるのだろう。だからリークもエリカも、あんなにアリステアを案じていたのだ。こんな顔をさせたくないから。

 でも、もう遅い。だって、シャンテルはもう、こんなに腹が立っている――彼を不運の王子に仕立てた『誰か』に。

「……なんで謝るのよ。怒ってよ。怒りなさいよ」

「――シャンテル?」

「なんで、怒る前に笑うのよ、諦めるのよ。自分のせいじゃないって、言ってみなさいよ。自分のせいにするなって、自分が望んでこうなったわけじゃないって、そう言う権利があるでしょう、あなたには‼」

 きょとんと目を丸くして、アリステアはまじまじと憤るシャンテルを見つめる。

子供のような素直な目。そうだ、彼は一度も不運を嘆かなかった。

 幸運を嵩に着て頼りきりだったくせに疎むようなことばかり言い、好意ひとつ表に出せずに拗ねて、大切な人達の幸せすら祝えずにただ逃げてきた自分とは正反対で。なのに、彼は自分を守ると言った。好きになったと言ってくれた。

(だから私は、この人のためにいま、怒る)

 それがアリステアのために――この優しい王子のために、シャンテルに出来ることだ。

「もっとちゃんと、自分の不運に怒りなさいよ。理不尽だって腹を立てなさいよ! そうやって笑ってなんでも受け入れてるから、だからあんな近くに居るあやしい人にも気が付かないんじゃないの、ばか!」

「……怪しいひと?」

「とにかく塔へ戻るわよ! あなたにかかった魔法を知ってる、お兄様のところへね!」

 シャンテルの勢いに圧されているのか、オウムのように言葉を返すアリステアに叫ぶように言いながら、シャンテルは心に決めた。

 この人の魔法は私が解こう。

 アリスが私のカンパネラになってくれるなら、私は金の林檎の役目を果たそう。


 ――この人のことを、私は、好きになろう。



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