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不運の王子と幸運の鍵  作者:
3章
13/33

3 各々の気持ち

□□□

「……このタラシ」

 シャンテルが足早に廊下の奥へ消えてすぐ、ひょこりとエリカがテラスへ現われた。兄妹の面倒はリークに押し付け、早々に逃げ出したのだろう。

 見計らったような間合いと言葉に覗き見を悟り、アリステアは苦笑しつつ答える。

「だってあの子、いい子じゃないか。可愛いし格好いいし――お前たちのために、俺の代わりに怒ってくれた」

「そうだね。それは認めるよ」

 言葉に反して何か言いたげなエリカに首を傾げる。

「別にからかってるとか遊びのつもりとかじゃないぞ。俺は惚れっぽいが冷めにくいし、自分で言うのもなんだが一途だし、割合に尽くす男だ」

「知ってるよ。だからこそ心配してるんじゃん」

「……どうしてだ?」

 エリカらしくない、含みを持たせた台詞に傾けた首の角度を深くする。

 まったく鈍いよなぁ、と呆れたように、エリカは肩を竦めてみせた。

「僕が心配なのは、アリスがあの子のために、無理や無茶をするんじゃないかってところだよ。いっくらアリスが丈夫だからって、命は一つしかないんだ。あの子はちゃんと、僕とリークが守る。惚れた女のために体を張るって姿勢は嫌いじゃないけど、くれぐれも自分の状態忘れないで、自重してよね。……この国の王様になるのは、アリスなんだから」

「……エリカ、ちょっと来い」

 普段の彼からすれば早口に言い切ったエリカをちょいちょいと手招く。

「なに?」

 首を傾げ、急ぐ様子もなくのそのそと近寄ってきたエリカの頭を、椅子に座ったままぐいと引き寄せた。抗う首を押さえ込んで、細い黒髪をわしわしとかき混ぜる。

「よーしよしよし」

「……ちょっと、なにすんの」

「いや、お前もいい子だな~と思って」

「やめてよ、一個しか違わないんだから」

「十七は未成年、十八は成人だろう。つまり俺は大人の男だ!」

「……アリスのどこが大人だよ。胸張るな。ったくもう」

 重たげな瞼を更に半分ほどに伏せ、エリカはアリステアの手を払う。珍しく感情を表に出したエリカのうんざりした顔に、アリステアは笑った。そして思う。

(俺は、不幸じゃない)

 たしかに運には恵まれないかもしれないが、それでも言い切れる。自分は幸せだ。

 ――けれど、それだけで良いのだろうか?

「『自らの幸福のみを求めるなかれ。王たるもの、他の安寧を第一に願うべし』……か」

 かつて兄が読み聞かせてくれた本の一節を暗唱する。当時は自分が王位を継ぐことになるとは思ってもみなかったから深く捉えていなかったが、一理はある言葉だ。

「……なに? 僕頭わるいんだから、簡潔に話してよ」

「現状で満足しようとするのは、俺の悪い癖だよなぁ。慎ましいのは美徳だが、向上心がないとも言える」

「あれだけがつがつシャンテル口説いといて、よく言うよ」

「まあ、そこはそれだ。俺も男の子だからな!」

「……大人の男じゃなかったの? なんか、アリス今日、気持ち悪い。いつもより特に」

「あっはっは、お前、俺だって傷つくんだぞ!」

 ぐりぐりと更に力を込めて頭を撫でる。

 何を言っても無駄と思ったのか、エリカはもう逃げることもせず、されるがままになりながらため息だけで抗議した。



□□□

 足元がふわふわとして落ち着かない。

 ちっとも静まらない鼓動と血の上った頬を持て余しながら、シャンテルはよろよろと廊下を歩いていた。

まさかここに来てこんな気持ちになるとは思ってもみなかった。……男の人に面と向かって好きと言われるなんて、初めてだ。人に気持ちを向けられることが、こんなに心に響くものとは思わなかった。

(姉さんも、ユイに好きって言われたとき、こんな気持ちだったのかしら……)

 七つも年の離れた姉とは、恋の話なども照れくさくてしたことはなかったが、少しは話しておけば良かった。耐性がないせいで、こんな時にどう振舞えばいいのかがまるでわからない。

 悶々と考えて、そしてシャンテルはふと、自身の変化に気が付いた。姉夫婦のことを考えているのに、不思議と胸が痛まない。

(……私、なんで平気なのかしら)

 平気どころか、話をしておけばよかった、とまで思っている。祝いの言葉すら言えなかったのに。

 なぜだろう。

そう思えば、考えるまでもなくアリステアの顔と言葉が蘇った。頬が更に熱くなる。

(そんな、生まれて初めて、こ……告白されたからって、単純すぎるわ。そりゃ、私は意外と単純な性質だって母さんにはよく言われたけど……現金すぎるでしょ、それは)

 そもそも自分はそんなに惚れっぽい性質ではなかったはずだ、とシャンテルは首を振る。……いや、たしかにユイには一目ぼれに近かったけれど。そしてそれが初恋ということは、やはり惚れっぽいのだろうか。――いや、しかし、その結論はちょっと。

(――とりあえず、落ち着こう。落ち着くべきだわ、うん)

 浮ついた自分を持て余したシャンテルは、廊下から外向きに開かれたバルコニーへ足を向けた。風にでも当たって気を紛らわせれば、少しは頭も冷えるだろう。

 昼日中のため開け放たれたままの扉をくぐった先に、ひとつの影が見えた。影の先には、深紅のドレスを纏った、ほっそりとした少女が立っている。

「……部屋に居るんじゃなかったの?」

 思わぬ先客に、自然と声が尖る。それを受けたマルティナも、相変わらず敵意に満ちた視線でシャンテルを睨んだ。

「あんな狭苦しい部屋、長く居られたものじゃありませんわ。息が詰まってしまって」

「じゃあ、早く帰ればいいじゃない。誰も居てくれなんて頼んでないわ」

「……本当に品のない人ね、あなた。やっぱり、あなたみたいな成り上がりは、アリステア様に全然ふさわしくないわ」

 今更取り繕うことは何もないと思ったままを口にすれば、マルティナは軽蔑したようにきれいな目元を歪めてみせた。

「あなたより、私の方がよほど王太子妃にふさわしいわ。身分も容姿も王族としての教養も、それに、あの方に差し上げられる『幸運』も。――私には、アリステア様の隣に立ってあの方を、この国を支える覚悟も力もある。あなたはどうなのかしら? 突然転がりこんだ幸運に――『お姫様』の地位に、舞い上がっているだけなのではなくて?」

「そんなこと……」

 身分が欲しいのはマルティナの方だろうと、かっと頭に血がのぼる。――私は、身分なんかにつられてはいない。そう言い返そうとして、ふと気付く。

それならばシャンテルは、何のためにここに来たのだろう。何をしに、故郷を離れ、ここにこうして居るのだろうか。

 さっと頭が冷える。自分がアリステアの――世継の王子の婚約者となったこと、それが王太子妃を指すことを、シャンテルは知っていた。けれど、覚悟があったのかと問われれば、どうなのだろう。自分がここに来た理由、それは何だっただろうか?

 自らに問いかけて、思い当たった答えにシャンテルは愕然とする。

 そう、自分はただ故郷から、家から――睦まじく笑う姉とユイから逃げてきただけだ。

「身の程をわきまえなさいな、田舎町のお嬢さん。おうちに帰れば、お嬢様としてちやほやしてもらえるでしょう? そうね、素直に戻るなら、手間賃としてそれなりの物を持たせてあげても構わないわ。去らないというなら――居られないようにするまでよ?」

 口を噤んだ意味をどう捉えたのか、マルティナは勝ち誇った笑みを浮かべ、優雅な足取りでシャンテルに背を向けた。

「…………」

 マルティナが去ったあとも、シャンテルはバルコニーに立ち尽くしていた。侮辱に腹を立てるより、彼女の言うとおり、アリステアに渡せるものが何もない自分が惨めだった。

ぎり、と拳を握る。そして爪の食い込むそれを、やり場のない気持ちの赴くままに――ドン、と壁に叩き付けた。

 じんじんと痛む拳に目の力を強くして、シャンテルは低く呟く。

「……上等よ。貧乳のお嬢様になんて、負けるもんですか」

 うじうじと悩むことは、もうしない。悩んでいるだけでは何も解決しないことを、今のシャンテルは知っている。たしかにシャンテルは逃げてきた。ただ悩んで逃げて、そして今、ここに居る。気持ちをくれたアリステアにも、返せるものなど何も無い。頼みの綱の幸運だって、彼の不運に太刀打ちできるかわからない。――けれど、まだ間に合う。

「これから、見つけるわ」

 返せるものがないのなら――これから作ればいいのだ。


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