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不運の王子と幸運の鍵  作者:
3章
11/33

1 突然の来客

 気が付けば、王子の館に訪れて数日が経過していた。

 シャンテルが打ち身を作ったあの日から三日、アリステアには会っていない。部屋にこもる彼の様子を従者たちに聞くかぎり、シャンテルに怪我をさせてしまったことを気にしているらしい。

(自分の方が重症だったでしょうに……人のことに関しては気にしいなのね。でも、今日こそは部屋を出てきてもらうわよ。打ち身だって治ったし)

 朝の光の似合わない悪趣味な色に溢れた部屋で鏡台に向かい、この数日で定番になりつつあるお団子シニヨンを作りながら、シャンテルは決意する。アリステアのためというわけではない。閉じた扉の向こうで、明るい容姿に不似合いな表情を浮かべる彼を想像すると、どうにも自分が落ち着かないのだ。おかげでこの数日はいらいらしっぱなしだった。同じような理由で同じように苛立っていたらしいリークと交わした口論は数え切れない。

「そんなに気の短い性質じゃなかったはずだけど、さすがにそろそろ限界だわ」

 リボンをぎゅっと結んで立ち上がり、よし、と腰に手を当てて頷いた。勢い付けるように扉を開きながら、作戦を考える。

(とりあえず、なにかお菓子でも作っていけば、部屋に入るくらいはできそうよね)

 王子相手に餌付けを試みるのもどうかと思うが、成功率は高そうだ。

 そうと決まれば、と赤い絨毯の敷かれた階段を小走りに下りるシャンテルの耳に、玄関ホールのあたりから、人の話す声が届く。

(リークとエリカ……ではなさそうね。お客さんかしら……?)

 聞きなれない声に足を止め、踊り場から様子を窺う。

「ですから、只今お取次ぎしております。もう少しこちらでお待ちに……」

「黙りなさい! 私を誰だと思っているの? 衛兵ふぜいが生意気な口を聞くとただじゃおかなくてよ!」

 階下に見えるのは、見張りの兵の制止を振り切るようにしてホールを進む、一目で高貴な生まれとわかる令嬢の姿だった。亜麻色の艶やかな髪を高く結い上げた、豪奢な深紅のドレスを纏うほっそりとした少女には見覚えがある。『運試し』で最後まで競った相手――アルティエリ家の令嬢、マルティナだ。

 思わぬ闖入者にうわぁと顔をしかめたシャンテルの耳に、更に新しい声が聞こえる。

「マルティナ、そう無理をいうものではないよ。彼らも仕事なんだから」

「お兄様……」

 マルティナの背後から現われた青年は、鷹揚に手を振って妹をいさめる。

 マルティナと同じ亜麻色の髪は襟足を覆う程度の長さできれいにまとめられており、身には鮮やかな青い礼服を纏っている。つんとした美貌のマルティナに比べれば、甘やかで柔和な顔立ちをしているが、傲慢な雰囲気はよく似通っていた。一目で兄妹とわかる。

 古びた館にそぐわない兄妹の兄の方は、鷹揚な中に尊大な雰囲気を潜ませて、困り果てた顔をする衛兵に向けて微笑んだ。

「突然お邪魔してしまって申し訳ない。『幸運の鍵』にぜひともご挨拶がしたくてね」

「あー、目的はシャンテルか。面倒なことになったね」

「きゃあ!?」

 唐突に近い距離で聞こえた声に、シャンテルは思わず悲鳴を上げる。

 振り返った先には、シャンテルの背後から覗き込むようにして階下を見やるエリカが居た。こんなに距離を詰められても気配に気付けなかったとは。今日もぼんやりとした顔をしているが、彼が相当な使い手であることは嘘ではなさそうだった。

「お、リークが来たよ。アルティエリ家はロイル家の主筋だから、彼らはアリスより直接的なリークの主ってことになるんだけど……やー、嫌そうな顔してるねえ」

 驚きのあまり無関係な方向に感心してしまったシャンテルをよそに、エリカは相変わらずのんびりした声で言う。……いや、いつもより若干楽しそうな声だ。面白がっている。

 エリカの言うとおりの渋面で、玄関ホールへ向けてずんずんと歩みを進めたリークは、表情に反して丁寧な所作で兄妹に向けて礼を取った。

「ようこそお出でくださいました、マルシリオ様、マルティナ様。あらかじめお知らせ頂ければ、迎えを出しましたものを」

「なに、王都から一日だ、そう遠くもない。それに、お伺いを立てると、アリステア殿下はどうしてかご病気になってしまわれるからな。どうやら、殿下は僕らがお嫌いらしい。数少ない親族だというのに、淋しいことだ」

「……殿下の状況はご存知でしょう。ロアの血を引く大切なあなた方を危険に晒すわけにはいかないという、殿下の気持ちをお察しください」

「お前ごときが殿下のお心を推察するものではないよ、リーク。騎士は黙って主を守るものだ。……まあ、王宮魔法使い(ロイヤルウィザード)としての言葉なら、僕も聞かないわけにはいかないが」

「……差し出がましいことを申しました」

 鷹揚な口調はそのままに、盛大に嫌味を織り交ぜて言うマルシリオに、リークはしかし丁寧に頭を下げた。彼らしくない行動に、シャンテルはいきり立つ。

「なに、あの人……あの言い方。リークもなんで謝るのよ」

「あの人は常時あんなんだから、気にしないでいいよ。大丈夫、リークも慣れてるし」

「慣れとかそういう問題じゃないわ! 侮辱されてるのよ、あなたは平気なの?」

「僕はもう見慣れたなぁ。リークが嫌なら乗ってあげてもいいけどさ、あいつが怒らないんだからいいんじゃない? 周りが怒ったって、あいつの立場が悪くなるだけだよ」

「……それは、そうかもしれないけど」

 エリカの言うことはもっともだが、腹が立つのはどうしようもない。シャンテルにはちっとも折れないリークが、あんなぎらぎらした男に頭を下げているのは、どうにも納得できなかった。だったら自分に折れてみせればどうだという理不尽な怒りすらわいてくる。

 やり場のない苛立ちに、ぎりぎりと手すりに爪を立てるシャンテルの背後で、ふと風が動いた。振り返る前にやわらかく肩を掴まれ、くるりと体を反転させられる。

「……アリス? どうしたの、その格好」

 数日振りに見た彼は、明るい容姿に映える群青の礼服をきっちりと着込んで立っていた。無造作に肩に散っていた金髪も襟足できれいに束ねられ、存外に涼しげな、凛々しい顔が露になっている。

初めて見る王子然とした姿に、シャンテルはただ驚いてアリステアを見上げた。

 ぽかんとしたシャンテルに微笑みを向けたアリステアは、肩に回した手はそのままに、階下へと足を向けた。促されるまま、シャンテルも階段を下る。

(なんというか……意外とかっこよかったのね、この人。全然気が付かなかったわ……雰囲気が、なんかそういう感じじゃないから)

 ときめきよりも驚きの支配する胸の中、むしろ失礼なことを思うシャンテルの隣で、アリステアは階下に向かい、明朗な声をあげた。

「久しぶりだな、マルシリオ。それにマルティナも、よく来てくれた。歓迎しよう」

「これは殿下、急な来訪、申し訳ありませ――」

「お久しぶりです、アリステア様! 何ヶ月ぶりかしら、『運試し』の間もお会いできなくて、私、淋しかったです」

 大仰に両手を開き挨拶を述べようとするマルシリオをどんと押しのけ、マルティナはアリステアに駆け寄った。明るく華やいだ笑顔を浮かべる彼女は愛らしく、つい先ほどの衛兵に対する態度は夢だったのかと思わせるほどだ。見事なまでの豹変ぶりに、シャンテルは逆に感心する。

「……そちらのお嬢さんが、アリステア様の『鍵』……ですわよね? 『運試し』ではお世話になりました。よく覚えていてよ」

「……はあ、それはどうも」

 親しげな口調とは裏腹に、シャンテルを睨む青い目は鋭い。……裏表の激しいお嬢様は、どうやらアリステアを狙っているらしい。敵意溢れる視線にひきつった微笑みを返しつつ、シャンテルはこれから先の面倒を正しく予想して、大きくため息をついた。

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