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ファンゴの剣

「これは十一年前、俺の甥が剣術大会で優勝した時、そのプレゼントにと思って作った物なんだ」

 突然語り始めた主人に内心で首を傾げつつも、メルメルは黙って話の続きを聞く事にした。

「これほど思いを込めて作った品はない。そして、俺はいまだにこれ以上の物を作れてはいない……」

 主人はそう言って、何かを考えるような顔で、じっと手にした剣を見つめている。メルメルはやはり黙ってその様子を見守った。すると、主人は差し出していた剣を、まるで押し付けるかのように、更にメルメルへ向かって差し出してきた。

「使ってくれ」

「え……?」

 メルメルは目を見開いた。

「どうだ、中々の剣だろう? ――さぁ、受け取ってくれ」

 メルメルは思わず仰け反った。

「だ、だめよおじさん。わ、ワタシそんなにたくさんお金を持ってないのよ。今あるのは――」慌ててメルメルは、肩に下げた、うさぎのアップリケの付いた鞄の中をあさった。中からピンク色の巾着を取り出して、「一、ニ、…………五十チャリンしかないわ」

 思いの外中身が少なかったらしく、メルメルが悲しそうな目をして呟くと、主人は思わずぶっと吹き出し、肩を揺らして笑いだした。

「いや。お嬢ちゃん、俺は別に――」

「私が払おう」

 マリンサがすっと前に出て、懐から財布を取り出した。

「たしか、十三万チャリンだったな」そう言って紙幣を数える。

「だ、だめよマリンサ! マリンサに払ってもらうわけにいかないわ!」

 メルメルは、前に出たマリンサの体を両手で押し戻した。すると、主人は慌てたようにメルメルの肩をつかんだ。

「待ってくれ。俺は何も、この剣をあんた達に売ろうってんじゃないんだ」

「え?」

 メルメルが向き直ると、主人は改めて手にした剣を差し出してきた。

「金はいらない。受け取ってくれ」

 メルメルはぽっかりと口を開けた。

「どうした? ただでやろうって言うんだ。受け取ってくれるだろう?」

「だ、だめよ!」メルメルは力いっぱい両手を振った。

「そんな、もらえないわ! それに――おじさん。甥っ子さんの為に、一生懸命思いを込めて作った剣なのでしょう? ワタシ、そんな大切な物受け取れないわ。だいたい、ただでなんて――」

「甥っ子は青暗戦争で死んだよ」

 主人の悲しい声音に、メルメルは思わず口をつぐんだ。十一年前にプレゼントするはずだった物が、いまだに手元にある。それだけで、もしかすると――とメルメルは気付いていた。

「お嬢ちゃんが、さっき店で剣を振るった時、何だか甥っ子の事を思い出したよ」

 よほど悲しい顔でもしているのではないかと、メルメルはこっそり上目使いに主人の顔を伺う。するとそこに、思いの外輝いた目があって驚いてしまった。

「お嬢ちゃんも剣術を習ってるんだろう? ――あの鋭い素振りを見れば分かる」

 何も言えずにいるメルメルには構わず、主人は勝手に納得して、一人うんうんと頷いている。

「こんな子がこの剣を使うなら悪くない――そう思ったよ。それと、思い出したのは甥っ子の事だけじゃない。お嬢ちゃんのおかげで、他にもたくさんの大切な事を思い出したんだ。それは、昔はお金なんかよりずっとずっと大切にしてた物だ。だから、俺はお嬢ちゃんに何かお礼をしなけりゃ気がすまなくなってる」

 メルメルはもう何も言えずに、キラキラと輝く主人の目をじっと見つめていた。

「だから、受け取ってくれるな? この――」

 主人は得意の蛭子顔を、にっこりとさせた。

「――ファンゴの剣を」


 トンフィーは、メルメルの腰にぶら下がった剣に目を向けた。良く見ればそれは、この街に来るまで下げていた物ではなくなっている。

「それが、その、ファンゴの剣?」

 トンフィーが指を指しながらたずねると、メルメルは両手を腰にあてて、自慢気な顔になった。

「そうよ。どう?」

「とっても素敵だ! 見た目も凄くかっこいいし、サイズもメルメルにぴったりだ!」

 誉め上手のトンフィーにおだてられ、メルメルはすっかり気分が良くなってきてしまった。

「ぬっふっふふふ……。はっ!」

 サッと剣を抜き放ち、構える。

「「お〜!」」

 トンフィーとマリンサは声を揃え、パチパチと手を叩く。いよいよ調子に乗ったメルメルは、ここが街中である事も忘れ、

「やー!」

 と、勢い良く剣を振り下ろした。

「「お〜! かっこいー!」」

 二人が更に拍手すると、メルメルのテンションは最高潮に達した。

「――必殺!」

 メルメルが、さっと両手で剣を構えなおして叫ぶと、トンフィーは何だか嫌な予感がして、拍手する手をピタリと止めた。

「クルクルミラクル――」その場でくるりと回り、「ファンゴの剣アターック!」えいやっと足を振り上げた。

「いて!」

 振り上げた足はトンフィーのお尻に命中した。トンフィーは情けない顔でお尻をさする。

「いててて……。その技、剣とはなんにも関係ないじゃない……」

「こらー!」

 突然、怒鳴り声が聞こえてきて、メルメルはぎょっとしてそちらを見た。

「こんな所で剣を振り回して〜、まったくメルメルは……ひぃ、はぁ……」

 通りの向こうから、少しぽっちゃりとした体を揺らしながらペッコリーナ先生が駆けて来る。メルメルは思わず首をすくめた。――また、大目玉だろうか?

「はぁ、はぁ……ふ〜……」

 皆の元にたどり着いてようやく息が整うと、ペッコリーナ先生はキッとメルメルを見た。そして一言二言お小言を言わなくてはと思った時、首をすくめた少女のその手に握られた、見慣れない剣に気が付いた。

「……あら? その小さな剣は、一体どうしたの?」

 メルメルはすくめた首を元に戻して、今度は逆に胸を張った。

「ぬふふ〜。実はこれは――」

「ああ! 取りあえずその話は後でいいわ。今はとにかく、グッターハイムの事が先よ」

「グッターハイム?」メルメルは首を傾げた。

「そう、グッターハイムが……。どうしようかしら……やっぱり、一人残すわけには……。マリンサがいるから大丈夫だろうし……」

 顎に指を当て、ペッコリーナ先生はぶつぶつ言っている。

「どうしたの? 先生……」

 ――そういえば、ペッコリーナ先生はグッターハイムの様子を見に行ったのではなかったか? 

 メルメルは何だか不安になってきた。

「もしかしてリーダー、――いや。グッターハイムさん、怪我の具合が良くないんですか?」

 マリンサが、メルメルの気持ちを代弁するかのような質問をして、ペッコリーナ先生はそれにこくりと頷いた。その深刻な顔を見て、メルメルはかなり焦って(だって、とっても心配になっちゃったんだ)しまった。

「そ、そんなに悪いの? ワタシ、様子を見に行きたい!」

 ペッコリーナ先生は慌てて手を振った。

「よ、様子は見に行っちゃ駄目よ!」そして、自分で言った言葉にはっとした顔になり、「いえ、その……大丈夫だから。別に命に関わるとか、そういう事じゃないのよ」

「…………?」

 何だか訳の分からないペッコリーナ先生の態度に、メルメルとトンフィーは顔を見合わせ、首を傾げた。

「ただ、ちょっと時間がかかりそうなのよ……。あなた達とマリンサは、先に廃村へ向かう事になるわ。あまり皆を待たせておけないもの」

「どういう事なの先生? グッターハイム、どうしちゃったの?」

 メルメルは納得出来ないといった顔で、ペッコリーナ先生の花柄のシャツを掴んだ。

「本当に心配はいらないのよ。ただ、ちょっとした手術をしたから、その傷口が塞がるのに時間がかかるだけ……」

「手術?」

「とにかく、私は残るから、あなた達は先に廃村に行きなさい。マリンサ、二人をお願いね?」

 マリンサは頷いたが、メルメルはまだ納得出来ない顔でペッコリーナ先生を見上げる。

「でも――」

「グッターハイムの傷口が塞がり次第、私達もすぐ廃村に行きます。何かあればウォッチ寄越してちょうだい。こちらからはピッピッーを使いに出すから。――分かったわね? メルメル」

 ペッコリーナ先生は教師らしい厳しい顔付きで、声音には有無を言わせぬ響きがあって、それでもメルメルは渋々といった感じで、ようやくこくりと頷いたのだった。

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