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戦士ラインの剣 5

 静かな声で言うと、少女は目に見えてがっくりとした。主人は慌てて言葉を付け加える。

「いや、刃を付ける事くらいは勿論出来る。だが、俺なんかが付けても、それはナマクラと呼ばれる物にしかならない。それじゃあこの剣が可哀想だ。もっと腕の良い鍛冶屋に直してもらった方がいい」

「……そっか」少女は肩を落とす。

「主人、知り合いに良い鍛冶屋はいないか?」

 あまりにもしょんぼりしてしまった少女を不憫に思ってか、女戦士が尋ねた。主人は腕を組んで唸る。

「良い鍛冶屋って言ってもな。これほどの剣を直せるとなると……」

「何なら知り合いでなくとも構わない。例えば、どこそこに凄腕の鍛冶屋がいるとの噂を聞いた事がある――とか」

 主人は、首を右へ左へ捻りながら唸っている。

「う〜む、良い鍛冶屋……。う〜む、凄腕の鍛冶屋……」

 その様子を見守っていた少女が、こりゃダメそうだとちょっぴり諦めかけたその時、主人の顔がぱっと輝いた。

「そうだ!」組んでいた腕をほどき、ポンと手を打つ。「あれほどの斧を作る者なら、あるいは……」

「おじさん、心当たりがあるの?」

 少女に期待に満ちた目を投げかけられ、それを受け取るように主人はこくりと頷いた。

「以前、ハルバルートの武器屋で素晴らしい斧を見たことがあるんだ。あれほどの斧は初めて見たし、おそらく二度とお目にかかれるもんじゃない」

「本当に? そんなに凄い斧を作る鍛治屋さんなら、もしかしてこの剣を直せるかしら?」

 嬉しそうにしている少女に、主人はにこにこと笑いながら頷いた。

「きっと、直せると思う」

 いよいよ嬉しくなって顔を赤らめた少女を見て、女戦士が慌てて口を挟んだ。

「しかし、今のハルバルートの都は軍が占領してしまって、一般人は入れないはずです。主人がその武器屋に行ったのはずいぶん昔の事じゃないのか?」

「その通り。まだ、この国がトキアだった頃の事だ」

「今、その武器屋がどうなったか知っているか?」

 主人が首を横に振って、少女は再び肩を落とした。――もしかすると、もうこの世にはいない可能性もある。

「いや、俺の言い方が悪かったな。――そもそも、あの素晴らしい斧はハルバルートの武器屋が作ったもんじゃないんだ。だから、武器屋がどこに行ったか分からなくとも、それほど問題はない」

 少女は首を傾げる。「どういう事?」

「あの斧は、流し売りのフォックスが作った物なんだ」

「流し売りのフォックス?」

 少女は初めて聞く名に、思わず女戦士の顔を見上げた。どうやら女戦士も聞いた事がないようで、肩を軽く上げて首を横に振った。少女に説明を求められるように見上げられて、主人は分かったという風にひとつ頷いた。

「流し売りのフォックスとは、様々な街の武器屋に突然ふらりと現れては、武器に破格の値段を付けて売り込んでくる不思議な男なんだ。持ち込んだ品物は値段に見合った素晴しい物ばかりで、中には契約して自分の所で働かないかと声をかける武器屋もいるが、絶対にそれには応じないらしい。名前も住んでいる場所も言わないから、何者かも分からない。ただ、持ち込んだ武器には必ずキツネの印があって、それで流し売りのフォックスの名で呼ばれるようになったんだ」

「流し売りのフォックスか。初めて聞いたな」

 驚いた様子の女戦士を見て、主人はわずかに胸を張った。

「武器屋の間では有名な話よ。――とは言っても、俺も会った事はないんだがな。奴の作った品を見たのも、ハルバルートの武器屋が初めてだった」

 女戦士はなるほどと納得した。

「それで、その男の腕が確かなのは分かったが、名前も住んでいる場所も分からないとなると……」

「修理を頼みようがないよな……。すまないなぁ、こんな中途半端な情報しかなくて」

 主人が申し分なさそうに頭を掻くと、少女はそんな事ないと言ってにっこり笑った。

「この国のどこかに、この剣を直せる人がいる事が分かったんだもの。それだけで十分よ!」

 そうして再びくるくるとカルバトの剣に布を巻き付け、少女はそれを女戦士に手伝ってもらってその小さな体に背負い込んだ。

「じゃあ、色々とありがとうおじさん! これからも素敵な剣を作り続けてね」

「え? あ、ああ……」

 相手の返事もろくすっぽ聞かないで、少女も女戦士もとっとと背を向けて店を出て行ってしまった。主人はそれをぼんやり見送って、ふと、いまだに手にしたままだった小さな剣に気が付いた。棚に戻そうかと足を踏み出しかけたところで、ピタリと動きを止める。

「………………」


「まぁ、そんなに落ち込まないで」

 来た道を二人並んで歩きながら、マリンサはがっくりした様子のメルメルを慰めるように言った。先ほどは武器屋の主人に気を使って笑って見せたが、実を言えばメルメルは結構落ち込んでいたのだ。店を出たとたんしょんぼりしてしまったメルメルが何だかおかしくて、マリンサは申し分ないと思いながらも少し笑ってしまった。

「ふふふ……大丈夫ですよ。色々な武器屋をあたって行けば、いずれ流し売りのフォックスとやらに関する情報が手に入りますよ」

「そうよね。そんなに簡単にはいかないものね。それに、今すぐ直せたって、どうせワタシには使いこなせないしね」

 そう言いながらも、メルメルは出来れば直ぐにも修理をしたかったのだ。

 強く決意して決めたとはいえ、レジスタンスのリーダーなどという大役を務める事に、メルメルはかなりのプレッシャーを感じていた。だから、ラインの形見であるカルバトの剣を直すことで、それに少し勇気をもらって、そのプレッシャーをはね除けたかったのだ。

「結局、わがままを言ってこの街に来た意味は、あまり無かったってことね……。こんな事なら、ニレやフレンリー達と一緒に、先に廃村に行っていれば良かった」

「しかし、リーダーは、自分の町からほとんど出た事がないのでしょう? だったら廃村よりはこの街の方が楽しめると思いますよ」

「だ、だめよ。楽しむなんて、そんな事言っちゃ。ペッコリーナ先生に、遊びに来たわけじゃないって叱られちゃうわ。先に行けと言われたのを、無理矢理付いて来たんだから……」

 ペッコリーナ先生が隠れて見ているはずもないのに、メルメルはきょろきょろと周りを見回した。

 追われるように故郷を旅立ったメルメル達一行は、そこから南にある谷間の小さな廃村に向かっていた。そこで、他の隠れ家から呼び寄せた第一部隊のメンバーと待ち合わせをしているのだ。

 あの裏切り者ブラッドのせいで、第一部隊は全ての隠れ家の場所を敵に知られてしまった可能性がある。直ぐにもそこを逃げださなければいけないし、今後の事を色々相談するべきだ――と、レジスタンスの元リーダー、グッターハイムは言った。

 谷間の廃村までは、メルメル達の町からまっすぐ向かえば三日ほどでたどり着ける。ところが、二日の旅を終え後一日で到着といったところで、ペッコリーナ先生が道筋から少しそれたこのザブーの街に寄ると言い出したのだ。理由は、まず第一にメルメル達は慌てて町を出てきたので旅支度なるものをいっさいしておらず、それらを買い揃えるべきだというのがひとつ。それから、本人は平気な振りをしてはいるものの、どうもグッターハイムは戦いの最中に受けた傷の具合が良くなさそうで、それを治療してもらうべきだとペッコリーナ先生は考えたのだ。

 グッターハイムとペッコリーナ先生以外のメンバーは先に廃村に向かう事になったが、メルメルが、「ワタシも街に寄りたい」と言い出したので、ペッコリーナ先生は、「遊びに行くわけじゃないのよ? 馴れない旅で疲れているのだから、先に廃村へ行って休んでなさい!」と言ったが、カルバトの剣を直したいから――と、メルメルはトンフィーに手伝ってもらってペッコリーナ先生を言いくるめ、共にザブーの街に寄る事に成功したのだ。ところが、それならばリーダーを守るために自分も付いていく――とレジスタンスのメンバー全員が言い出して、それでは目立ち過ぎるからと皆をなだめ、マリンサ一人が付いていく事で何とか落ち着いたのだった。

「ごめんなさいね……マリンサだって疲れてるのに。先に廃村へ向かうべきだったわ」

「そんな事を気にしないで下さい。――なんだったら、どうでしょう。先ほどの店で、剣に刃を付けてもらいませんか? 主人はナマクラにしかならないなんて言いましたが、あれは大いなる謙遜ですよ。あれだけの腕があれば、なかなかの刃が付けられるはずです」

「う〜ん……」メルメルは腕を組んで唸った。

 先ほどまでは、取りあえずどんな形であれ修理出来れば満足する事が出来ただろう。だが、武器屋の主人に話を聞いた今では、中々の刃などでは納得出来なくなってしまっていた。

 ――流し売りのフォックス。

 カルバトの剣は、その、素晴らしい腕を持っているという鍛冶屋に直してもらおう。メルメルは勝手にそう決めていた。それに、本人が自分では力不足だと言っているものを、取りあえずで良いから直してくれなどと頼むのは、何だかとても失礼な気がするのだ。

「いいの。焦らないって決めたから。今はこの――」メルメルは腰に付けた剣を示した。「ラインさんにもらった、もう片方の剣で十分だもの」

「でも、まだその剣でも長くて使いづらいでしょう?」

 マリンサの言葉にメルメルは、先ほどの武器屋に置いてあった剣を思い浮かべた。

(あれは、手頃な大きさの剣だったわ。それに、とっても素敵な剣だった)

 すると、まるでそんな心を見透かされたように、

「先ほどの剣は、リーダーにぴったりのサイズでしたね」

 とマリンサが言ったので、

「あ、あの剣は高すぎるわよ」

 とメルメルは、思わず声をひっくり返してしまった。

 別に買いに戻るか聞いた訳でもないのに――とクスクス笑いながら、マリンサは優しくたずねる。

「買いに戻りましょうか?」

「だ、だから、あの剣は高すぎるってば」

「大丈夫。あのくらいのお金ならありますよ」

「だめよ。あめ玉みたいに、人にもらえる金額じゃないもの」

 頑なに首を横に振る少女を見ながら、やはり先ほど買ってあげるべきだったなと、マリンサは少々後悔した。その時、

「おーーーーい!」

 突然、後ろから呼びかけてくる者がいて、驚いた二人はくるりと後ろを振り返った。

「おーい! 待ってくれ!」

「あ! おじさん……」

 息を切らしながらかけてきたのは、あの、武器屋の主人だった。汗でぐっしょりの蛭子顔を苦しそうに歪めながら、肩で激しく息をしている。メルメルは目をぱちくりさせながら、主人の息が整うのを待った。

 しばらくして、主人が落ち着いた頃合いを見て、「一体どうしたんだ?」とマリンサが声をかけると、主人は何も言わずにじっとメルメルの目を見つめて、すっと手にした剣を差し出してきた。

 それは、あの小さな剣だった。

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