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七人の大臣と七つの石と七色の勇者と

「……シチューが出来ました。ご飯にしましょう」

 いかにも不愉快そうな顔でそう言って、器にシチューを注ぎ分けている。一瞬の沈黙のあと、ペッコリーナ先生がわざとらしい程の明るい声で、

「そ、そうね! ご飯にしましょう!」

 メルメルも嬉しそうに手を叩いた。

「ワタシもお腹ペコペコ! わー、おいしそうな匂い……え?」

 トンフィーに駆け寄ろうと一歩踏み出したところを、グッターハイムにむんずと腕を掴まれ、メルメルはいぶかしげな顔で後ろを振り返った。

「お前は、稽古の後だ」

 ――やはり、今日もやるのか。とメルメルはがっかりした。

 実は、メルメルは毎日寝る前に二時間、グッターハイムに剣の稽古をつけてもらっているのだ。稽古の内容はとても厳しい。しかも、こんな風に戦いをした後でも必ずやるし、たとえ具合が悪い時でも休ませてはくれない。そういう時稽古してこそ、過酷な状況を乗り越える強さを身に付けられるというのが、彼の持論なのだ。

「――今日はさすがに勘弁してあげたら? メルメル、随分疲れた顔をしてるわ」

 ペッコリーナ先生はメルメルの顔を見ながら、心配そうに言った。マリンサが同意するように頷いて、

「確かにそうですね……。私も、あまり無理しない方が良いと思います」

 実際、メルメルはかなり疲れていた。幻を見破れなかったせいで随分と走り回り、無駄に体力を消耗してしまったし、その後の戦闘もかなり激しいものだった。出来れば今日は休ませて欲しいと思ったが、グッターハイムの厳しい横顔を見て、その願いは叶えられそうもない事を悟った。

「……お前達は俺の話を聞いていたのか? ――その甘さは、相手にとってプラスにはならないと言っただろうが」

 ペッコリーナ先生は困った顔になって、

「そうかも知れないけれど……。でも、じゃあせめて、ご飯を食べて少し休んだ後にしたら?」

「駄目だ。本当の戦いの中では、好きな時に飯を食ったり休んだりする暇なんぞないものだ」

「「でも――」」

 ペッコリーナ先生とマリンサは思わず声を揃えた。

「もういい。為にならないと分かっても、甘やかさずにはいられないんだろう。それなら、お前達にはこのグループから外れてもらう事にする」

 ペッコリーナ先生とマリンサは青くなった。

「そんな……」

「仕方ないだろう? 気持ちを押さえられず、メルメルの足を引っ張る奴は側に置いておけん。――さぁ、行くぞメルメル」

 言葉を無くした女性二人をほったらかして、グッターハイムはメルメルの腕を強く引く。引きずられるように数歩進んで、メルメルは後ろを振り返った。ペッコリーナ先生とマリンサは、眉をハの字にしてこちらを見ている。自分も同じような顔をしているに違いないと思いながら視線を移すと、珍しく怒ったような顔をしたトンフィーを見つけて、メルメルは思わず立ち止まった。グッターハイムが苛立たしげに振り返り、更に腕を強く引いてくる。

「何してる? 早く来い」

「――行く必要ないよメルメル」

 トンフィーが静かに言って、グッターハイムは片眉を持ち上げてそちらを見た。

「……お前も、ペッコリーナ達と同じかトンフィー」

「さぁ、どうですかね。ただ、今は少し休んだ方が良いと思うだけです」

 グッターハイムは不愉快そうに舌打ちした。

「だから、同じなんだろうが。お前が優しさだと思ってるそれが、将来メルメルを苦しめるんだぞ」

「何故そう言い切れるんです? 僕は、あなたがそんなに正しい判断をしているとは思えない」

「なに……?」

 グッターハイムは眉根を寄せた。

「確かに、強くなる事によって自分を守る力が身に付くのは事実かも知れない。でも、それほどの急激な成長を望むべきでしょうか? 戦いの後の疲れた体に鞭打つ事をしてまで、です。まだ幼い少女をそれほど厳しく鍛える事が、そんなに正しいんでしょうか?」

「まだ、幼いか……。いつまでも一人では馬にも乗れない自分への言い訳か? ――あまっちょろい事を言うなよ。メルメルはレジスタンスのリーダーなんだ。一刻も早く強くなって、その力を世間に知らしめなきゃならないんだ」

「あなたが勝手に、リーダーに祭り上げたのでしょう? そのあげくに、リーダーなら強くならなければいけないなんて意見を押し付けるのは、ずるすぎますよ」

 この瞬間、グッターハイムの顔付きが変わった。怒りをあらわにして、トンフィーを睨み付ける。

「ずるいだと? トンフィー、お前は俺に抗議してるのか? 俺のやり方が間違いだと言いたいのか?」

「分かりません。でも、今のやり方で本当に正しいのかは疑問です。一年半、あなたの言う通りに行動してきて――つまり、七色の勇者の存在を世間に知らしめる為に、小さな戦を繰り返し行うという事をしてきて、もうそのやり方は、限界にきていると感じてるんです」

「……何故だ?」

「それほど、報いのある戦いではないからです。小さな戦いを引き起こしては、大した事もせず撤退というのを繰り返す。時にザック程度の敵を倒したからといって、それほど相手の戦力を削げたとは言えず、大きな収穫を得られた気分にはなれない。勿論、今までやってきた事が全て無駄だったなんて思ってません。グッターハイムさんの狙い通り、七色の勇者の存在は世間に浸透してきましたし、レジスタンスのやる気も伝わってきたと思います。ただ、長く続ける事は逆効果になるとも思うんです。いつまでも実の無い戦いをしていれば、そのうちにはみんな、本当に自分達のやっている事は意味があるのだろうかと疑問に思い始め、心も体も疲弊してきてしまいます。世間の評価にしたってそうです。レジスタンスがやる気になって頑張っているという評価から、結局は大した事など出来ないんじゃないかという評価に変わるのは、時間の問題だと思います。何か、もっと違う方法を考えるべきです」

 グッターハイムは、フンと鼻を鳴らした。

「……偉そうに言うじゃないか。そこまで言うからには、さぞやお前は素敵な方法を思い付いてるんだろうな?」

「素敵な方法かどうかは分かりませんが……石の事は、考えてくれましたか?」

「石? ……ああ。大臣の石の話か……」

(大臣の、七色の石……)

 メルメルは、先日トンフィーがグッターハイムにしていた話を思い出した。大臣の石が七色である事と、勇者がただの勇者ではなく、七色の勇者と予言された事には、何か繋がりがあるのではないかというものだ。

 かつて、この国がまだ暗黒王が支配する闇の王国ではなく、女王の治めるトキアだった頃、その国をまとめる七人の大臣が存在した。大臣達はそれぞれ一つずつ、異なる色の石を所有していて、その色に因んで、白の大臣、黒の大臣、赤の大臣、紫の大臣、緑の大臣、黄の大臣、橙の大臣と呼ばれていた。因みに、赤の大臣であったラインから、既にメルメルは赤の石を授けられている。その事もあって余計に、トンフィーは大臣の石の存在が気になるというのだ。


「――そうです。大臣の七色の石の事です。ちゃんと考えてくれましたか?」

「考えるも何も、一体大臣の石をどうしようってんだ」

「だから――集めてみたらどうかと言ったじゃないですか」

「集めようが無いだろう。トキアの大臣達は、青暗戦争で皆死んじまったんだ」

「生きてる人もいますよ」

 グッターハイムは小首を傾げ、直ぐに、ああという顔になった。

「紫の大臣の事か。なら尚更、手に入れるのは難しいな。紫の大臣が暗黒王の手下になった事を、まさかお前が知らぬはずはないだろう。敵の要の一人から石を奪うなんて、そう安々と出来る訳がない」

「でも、何か方法があるかも知れないでしょう? それに、他の石にしたって、大臣達が死んだからって壊れたとは限らない。どこにあるのか、探してみるべきです」

「何をそんなに、石ごときにこだわってんだ。そんな物探す必要、俺は全く感じない。たまたま、七つという数字が同じだというだけの理由だろう? 所詮は、ただの石っころじゃないか」

 バカにしたような顔のグッターハイムの鼻先を、トンフィーはじっと見つめた。

「……メルメルが七色の勇者なら、何か選ばれた特別な理由があるはずだ」

 これを聞いて、グッターハイムは更にバカにした顔になり、

「選ばれた特別な理由だと? 選ばれし者だから、何の努力も無しに奇跡でも起きると思ってやがるのか?」今度はメルメルの方へ顔を向けて、「――思い上がるなよ。必死で努力しなけりゃ、ただの小娘でしかないんだぞ。そんなんじゃ、何も成し遂げられやしない」

「必死で努力してどうにかなるなら、何もメルメルじゃなくても良いでしょう。七色の勇者である必要もない。それこそ、貴方が七色の勇者だと名乗って、必死で努力しながらレジスタンスのリーダーを続ければ良かったんだ。ただの小娘がやるよりは、その方がましでしょう?」

「バカらしい。話にならんな」

 グッターハイムは、つばでもはきそうな顔で首を横に振った。その顔から視線をそらし、トンフィーは半ば呆然とした様子でこちらを見ている少女の方を向いた。自然と、その頭に巻かれた赤い布に目がいく。

 何か目立つ物を身に付けろとグッターハイムが命じて、メルメルが自ら巻いた物だ。ようは、七色の勇者の存在を強くアピールする為の小道具。その鮮やかな赤い布を、トンフィーは腹立たしげに睨み付けた。

「……ただの小娘を無理矢理特別な者にしようとしてるのは、貴方の方だ。メルメルをレジスタンスのリーダーにしてしまった事を、みんなに間違いだったと思われたくないんだ。だから厳し過ぎる程鍛えて、何とか特別な存在にしようと焦ってるんだ」

「なんだと!」

 グッターハイムの体がぐっと前のめりになって、周りの皆は顔色を無くした。何だか口を挟める雰囲気ではなくて、今まで黙ってやりとりを見守っていたが、これ以上グッターハイムを煽るのはまずいと誰もが気付いた。利発なトンフィーの事だから、勿論引き時は心得ているはず――なのだが。

「僕は――今なら分かる。貴方は、メルメルをリーダーにふさわしいと思って選んだ訳じゃない。ただ、自分一人でラインさんの穴を埋めなくてはいけないという重圧から、逃れたかっただけなんだ。貴方は、自分の責任を誰かに押し付けたくて――」

 グッターハイムが拳を振り上げて、誰も止める間もなくトンフィーの体が吹っ飛んだ。メルメルは慌ててトンフィーに駆け寄り、その顔を除き込んだ。

「大丈夫? トンフィー……」

 特に怪我をした様子はないのに、その顔がくしゃりと泣きそうに歪んで、メルメルはドキリとしてしまった。

「……大丈夫だよ」トンフィーは頷いて立ち上がり、「少し、頭を冷やして来るよ」と言って、歩き出した。

 メルメルはその背中が森の奥に消えるのを見送って、ようやく後ろを振り返った。呆然とした様子で突っ立っている男の顔を、そっと見上げる。ペッコリーナ先生が歩みより、ポンポンと慰めるように男の腕を叩くと、先程のトンフィーと同じようにくしゃりと顔が歪んだ。

「よく、我慢したわね。殴るかと思って、肝を冷やしたわよ……」

 グッターハイムはしょんぼりと頭を垂れ、自分の手の平を見つめている。――先程、少年を思い切り突飛ばしてしまった、手の平を。

「……殴ったら、いよいよ終わりだろうが……」

 ペッコリーナ先生の盛大な溜め息は、トンフィーの消えた森の奥に、共に消えていった。

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