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厳し過ぎる男と甘やかし過ぎる女

「――さぁ、言い訳を聞かせてくれ」

 聞き慣れたセリフだった。グッターハイムは戦いが終わったあと、ほとんど毎回こう言うのだ。

 メルメル達がいるのは、先程まで戦いを繰り広げていた町から遠く離れた森の奥深く。ここまで来れば敵の追撃を免れるだろうという所まで馬を走らせ、ようやく一同は野営の準備を始めていた。メルメルはすっかりクタクタで、今にも体を地面に投げ出して眠りたいくらいなのだが、お腹と背中がくっつく程腹ペコでもあり、仲間達が作っているご飯の匂いに腹の虫が鳴かないか心配になってきてしまっていた。何故なら自分は今、恒例のお説教タイムなのだから。


「……何について?」

 メルメルは珍しく不満げに言った。今回はかなり上手くいったと思っていたのだ。貯蔵庫を襲ったペッコリーナ部隊もちゃんと目的を達成したし、メルメル部隊も敵のボスであるザックを倒す事に成功した。一体何が気に入らないのかと、グッターハイムの顔を納得出来ない顔で見る。

「何についてだと? お前は、自分の誤りにさえ気付けないほど愚か者なのか」

 後ろで芋の皮をむいていたペッコリーナ先生が、こっそり溜め息を吐いた。その向かいでは、トンフィーがしかめっ面で玉ねぎを刻んでいる。ニレは水でも汲みに行ったのだろう。こういう時はたいがい姿を消す。穏やかなニレは、こういうぎすぎすした空気に耐えられないのだ。

 ――近頃のグッターハイムには、メルメルでさえ息が詰まりそうになる。

 一年半前初めて出会った頃の彼は、ちょっとおっちょこちょいだが憎めない、陽気で優しい男だったのだ。しかし旅立ってからというもの、今まで見せた事がないほどの厳しい顔を見せるようになってきていた。特にメルメルに対しては、ニレなどは可哀想で見ていられないほどキツく当たる事があった。

「まずは、あのくだらない幻をいつまでも追いかけていた事についてだ。幻と言っても、奴の幻影魔法など俺に言わせれば子供騙しのちゃちなもの。……まぁ、それに騙される間抜けも世の中にはいるようだがな」

「しかし、リーダーは幻影に気付いて、ちゃんと馬の速度を緩めていましたよ」

 グッターハイムの嫌みたっぷりな言い様に、本人ではなく、火を起こしていたマリンサが思わず反論をした。これが逆効果であると分かっているのに、つい庇わずにはいられなくなるのだ。結局、後で余計な事を言ったと反省するはめになる事が多いのだが、この度もやはりそういう事になりそうだった。

「あれは、お前がこっそり教えたからだろう、マリンサ。何故、ああいう余計な事をする。――余計な事といえば、その他にもある。マリンサだけでなく他の者も皆そうだ。いくら言ってもお前達は、か弱いリーダーを守ってやらずにはいられないようだな。それほどまでに、頼りないと思われてるこいつにも問題はあるが――」

 グッターハイムがメルメルを顎でしゃくって、マリンサは慌てて首を横に振った。

「そ、そんな事はありません。リーダーは一人でも立派に戦う事が出来ます」

「では、何故メルメルを狙ってきた魔法に、四枚もの魔法壁が立ったのか説明してくれ」

「そ、それは――」

「それは、確かにワタシが頼りないリーダーだからよ。自分では防御魔法を使う事も出来ないんだもの。ワタシが悪いんだから、マリンサを責めないでよ!」

「開きなおるなメルメル。弱さを認めれば許されると思うなよ。お前はリーダーなんだ」

「許されるなんて思ってないわ。ただ――」

「お前が弱いままでいれば、周りは必ずお前を守ろうとする。他者を守る為に力を使えば、その分自分を守る力を削がれるって事だ。それはつまりお前が、自分の為に人の力を奪っているようなものなんだ。――自分のせいで、マリンサを危険な目にあわせたいか?」

 思わずメルメルは黙り込んだ。先程の戦いを思い出してしまったからだ。メルメルの為に防御魔法を唱える間に、ザックに懐深くとびこまれてしまったマリンサ。結果的には何事もなかったが、あれがもっと強い相手であれば致命的な結末になりかねなかったのだ。

 メルメルはシュンとうなだれた。

「だけど、メルメルが狙われるのは仕方ない事よ。まだ子供なのだから、みんなで守るのは当然じゃないの。――さぁ、難しい話はこのくらいにして、ご飯を食べて一眠りしましょう。みんなクタクタだもの」

 ペッコリーナ先生が、場の空気を変えるように明るい声で言った。しかしグッターハイムは不愉快そうに鼻をならし、

「守って当然だと? それがメルメルの為になると思ってるのか? それなら、そんな考えは改めた方が良い」

「あら、どうしてよ?」ペッコリーナ先生は鼻白んだ顔で言った。

「人に守られていれば、強くなる事が出来ないからだ。強くなければ、自分を守る事だって出来ないんだ」

「それは分かるけれど……。メルメルだって十分頑張ってるわよ。随分強くなったもの」

「どこがだ? 俺に言わせれば、まだまだ話にならん」

「あなたは厳し過ぎるのよ。そんなに急には無理よ」

「お前は甘やかし過ぎるんだ。その甘やかしが人を駄目にする事が、まだ分からんのか? 旦那の事で十分懲りたと思ったがな」

「ど、どういう意味よ、それは……」

 ペッコリーナ先生は眉根を寄せた。

「ドラッグノーグがあれだけ駄目な男になったのは、お前のせいだと言ってるんだ」

「だ、駄目な男だなんて……。いくらなんでも、それは言い過ぎだわ」

 グッターハイムは鼻で笑い、周りをみまわしながら、

「別れ際にあれだけみっともない姿をさらされれば、誰だって呆れて、アイツはなんて駄目な男なんだと思うさ。――なぁ、みんな?」

 残念ながら、今の感じの悪いグッターハイムには同調の声を上げる者は誰一人いない。しかし、心の中では、確かにその通りではあると思っていた。


 一年半前、第一部隊の者達は、幾つかのグループに分かれて旅立つ事になった。グッターハイムがそれぞれのグループの目的に合わせ、力の配分や人数を考えて人選をした。元リーダーの決定に意義を唱えられるはずもなく(ニレはフレンリーと離れる事になって、こっそり泣いたんだ)、皆納得して旅立って行く――はずだったのだが……。

 ドラッグノーグ先生だけは、どうしてもペッコリーナ先生と離れ離れになるのが嫌だと言い張った。言い分としては、

「どんな理由があろうとも、家族はバラバラになって暮らすべきじゃないんだ。辛い旅になるに違いないんだから、余計に夫婦は側にいて支え合うべきだよ」

 というもので、これにはメルメルも確かにその通りかも知れないと思った。ところが、グッターハイムはこの意見を一蹴した。

「何が支え合うだ。一方的にペッコリーナが支えるだけだろうが。――メルメル達のグループは、これから活発に敵への攻撃を仕掛けるんだ。七色の勇者の存在を知らしめる為にな。お前がそのグループに入れば、お荷物になる事間違いなしだ。はっきり言ってお前は戦力にならんからな」

 メルメルは、さすがに酷い言い様だなと思った。もう少し優しい言い方をしてあげても良いのに、と。

 ドラッグノーグ先生は、むぐぐぐ……と顔を赤らめ、

「だったら、ペッコリーナがそのグループから外れれば良いだろ……」

 グッターハイムは心底呆れた顔になり、

「メルメルはまだ子供だ。母親代わりになる人間が必要だし、ペッコリーナは他にも色々な意味で役に立つ。要するに――彼女には、子供らの面倒を見てもらわなければいけないという事だ」

 そしてついにドラッグノーグ先生は、周りの人間を完全に呆れさせる一言を言ってしまったのだった。

「じゃあ……俺の面倒は誰がみるんだよ」


 その時の事を思い出したのだろう、誰かが呆れたような溜め息を吐くのが聞こえて、ペッコリーナ先生は思わず、我が事のように丸いほっぺを赤くした。

「あ、あれはあなたが、あまりにも酷い言い方をしたから……。ノーグだってつい、わがままを言いたくなっちゃったのよ」

「事実を言っただけだ。それに、悪い事をしたとは思ってない。ああやってはっきり言われれば、男なら悔しくて少しは見返してやろうと頑張るだろう。何も言わずに、優しくあいつの意見を受け入れてみろ。おそらく、一生グータラで駄目な男のままだ」

 メルメルは、確かにグッターハイムが言ってる事はもっともなところもあると思っていた。

 結局、意見が通らないばかりか、あまりの酷い言われようだったドラッグノーグ先生は、それでも最後までブツブツグチグチと悪たれ続けていた。だが、別れてから、ドラッグノーグ先生と同じグループにいるマーヴェラ園長から来た手紙には、彼がこっそり魔法書を読んだり剣の稽古をしていると書いてあったのだ。

「ドラッグノーグも以前は、もう少しまともな男だった。戦士としてだって、もっと力を持っていたんだ。だがあいつは怠け過ぎた。確かに、レジスタンスは地味な活動が長かったし、やる気を無くす者も多かった。だが、その間ずっと怠けて何もしなければ、腕が鈍っていざという時、使い物にならなくて当然だ。あいつだって悔しいだろう。愛する者を守りたくたって、守る力が無いんだからな。そればかりか、自分が足を引っ張っちまうんだ」

「…………」

 ペッコリーナ先生は肩を落とし、シュンとなってしまった。グッターハイムはたたみかけるように続ける。

「勿論、それはあいつの責任ではあるが、周りの人間にだって問題はあったはずだ。あいつの怠けを許さないで、厳しくしてやる必要があったんじゃないのか?」

 ペッコリーナ先生はいよいよシュンとして、何だか小さくなったように見えた。メルメルはもう十分だと思い、グッターハイムにこれ以上何も言わないで欲しいと思った。しかし、

「分かったか。要するにドラッグノーグがあんな風に駄目になったのは、お前の責任――」

「もう、いいじゃないですか」

 静かな声が、グッターハイムの言葉を遮った。見ると、トンフィーが眉根を寄せて鍋をかき混ぜていた。

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