ミミとシバ
少し前からミミは、シバの事を自分よりもお兄さんかもしれないと思い始めていた。だってシバの方が体がちょっとだけ大きいし、力もちょっとだけある。
それとおんなじくらい前からシバは、ミミの事を自分よりもお兄さんかもしれないと思い始めていた。だってミミの方が牙がちょっとだけ長いし、足もちょっとだけ早い。
それでもやっぱり二匹はとっても仲が良くて、ミミの長いしっぽの先が汚れていればシバはペ〜ロペロリと舐めてあげるし、シバがノミにかじられて痒そうにしていれば、ミミは心配顔で眺めている。
ある花曇りの日、メルメル達の町から少し離れた、ここは『ザブー』の街。
のんびり屋のワーチャが相変わらずの大欠伸を繰り返すのを横目で見ながら、二匹は少し急ぎ足で歩いていた。最近、長めに散歩するとシバがやけにソワソワし始めるから、ミミは仕方なく慌ててメルメルの所へと戻る事にしているのだ。
メルメルの姿を見ればシバは落ち着いて、いつもの少しぼやっとした顔になる。
ザブーという名のこの町は、住み慣れたメルメル達の町より、ごちゃごちゃと人も建物もたくさんある。
ミミは嗅いだ事の無い臭いや、見た事の無い景色にワクワクしながらキョロキョロと歩いている。と、暗くて細い路地の奥に、美味しいおやつがどっさり入っていそうなゴミ箱を見つけた。ミミが急にピタリと立ち止まったから、すぐ後ろをソワソワと歩いていたシバは、ミミのお尻に鼻を、「ニャフン!」とぶつけてしまった。
ミミは、ソワソワしているシバにちらっと視線を送った。次いで、路地の奥にあるゴミ箱をじっと見つめる。
しっぽをプルンと振って路地の奥に向かったミミの背中を、仕方なさそうにシバは追いかけた。
二匹がゴミ箱の上に飛び乗って、隣の蓋をそっと開けると、中から捨てたての肉の骨がピョイっと顔を覗かせて、ミミもシバも、思わずしっぽをピーンとおっ立てた。
二匹仲良くかぶりつこうとした、その時、
「ぐわぁー!」
悲痛な叫び声に、ミミもシバもピタリと動きを止めた。
「こ、これはいかん……! お、お前さん、なんだってこんなになるまでほおっておいたんだ」
別の声が呻くように言った。ミミが見ると、左側の建物の小さな窓が少しだけ開いていて、声はそこから聞こえてくるようなのだ。
「……仕方なかったんだよ。すぐに治療出来ない事情があったんだ」
先程の叫び声の主が苦しそうに言った。ミミもシバも、この声には聞き覚えがある。確かグッターハイムとかいう背の高い男だ。彼のペットのルーノルノーという狼とは、最初はちょっぴりケンカしたけれど、今では二匹共すっかり仲良しになっている。
「し、しかし……これはもう、手遅れだぞ……」
ミミはなんとなしに窓の隙間から中を覗いてみた。嗅いだ事の無い、あまり好きになれないような臭いがプーンとして、思わずミミは鼻をすぼめた。シバはミミの後ろで、ゴミ箱からピョイと覗いた骨を、よだれをたらしながら見つめている。
「手遅れか……。別にいいさ。覚悟は出来てる」
「か、覚悟って……。い、いいのか?」
ミミの見つめる先には、上半身裸になって椅子に座ったグッターハイムの広くたくましい背中がある。その右隣に、やはり椅子に座っている見慣れない男がいた。男が着ている真っ白な服の眩しさに、ミミはわずかに目を細めた。
「き、切ってしまうしかないぞ? こ、ここからばっさりと……」
まるで怯えたように白衣の男が言った。自らの手をグッターハイムの右腕の付け根に添えている。手が添えられた右腕は、肘の辺りまでがどす黒く変色していて、ミミは更に目を細めた。
「構わんさ。とっととやっちまってくれ」
「ず、随分あっさり言うな。怖くないのか?」
グッターハイムが白衣の男へ顔を向け、その横顔がミミにも見えた。額に汗を浮かべてはいるが、案外しれっとした顔をしている。
「だってなぁ……」グッターハイムはニヤリと片頬を釣り上げた。「死ぬよりはまし――だろ?」
笑っている相手の顔を疑わしそうにまじまじと見て、白衣の男は呆れたように首を振った。
ようやく室内から視線を外して、ミミが後ろを振り返ると、堪えられずにこっそり骨をペ〜ロペロリと舐めていたシバと、視線がバッチとぶつかった。