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幻影使いザック

「………………」

 そこは、故郷でよくメルメル達がドッチボールをして遊んだような、小さな広場になっていた。実際この町でも子供達がそんなふうに遊んでいるのかも知れない。広場の片隅に、ボールがひとつポツリと落ちている。メルメルは妙に感慨深くそれを見つめてから、ゆっくりと視線を別の場所へ移した。広場の中心辺りに、黒いビロードのマントを羽織った男が立っている。

「……幻影使いザック」

 腰にぶら下げた剣の、二本あるうちの短い方だけをスラリと引き抜き、両手にしっかりと構えた。残念ながらもう一本の方は、今はまだ、ただの飾りなのだ。

「フッフッフ……。良くぞ我が幻を振り払ったな――七色の勇者よ」

 そう言って、ザックもスラリと剣を引き抜いた。

「バカにしないで。あんな物に二度も引っかからないわ」

 本当は馬鹿みたいに二回も引っかかりそうになったのだが、猫の助けで幻を見破ったと言ったらザックはまた同じ手を使って逃げるかも知れない。メルメルは、広場の片隅で欠伸をしているワーチャにこっそり感謝の視線を送りつつ、真実は隠しておく事に決めた。ところが改めて視線をザックに戻すと、やけに疑り深い目がこちらを見ていて、真相に気付かれたかと一瞬焦ってしまった。

「それにしても……本当にこんな子供が……」ザックは独り言のように呟く。

 顔には出さなかったがメルメルは内心ほっとした。要するに、ザックはメルメルがあの七色の勇者だという事が信じられないのだ。確かに軍からは、「どうやら七色の勇者はまだ子供らしい」とか、「しかも少女だという噂もある」などの情報が入ってきていたが、自らの目で確かめると余計にその事が信じられないのだった。

「まぁ……いい」

 何故か不敵に笑った相手を見て、メルメルはさっと身構えた。――来る。

「いずれにしても…………殺してしまえば良いのだからな!」

 叫びながら、ザックは一気に間合いをつめて斬りかかってきた。何の工夫もない、完全に相手を舐めきった攻撃だ。実際ザックは舐めていたのだ。――所詮子供ではないか。他の仲間が助けに来る前に、一気に片を付けてしまおう――と。ところが、

「クルクルミラクル――」

「――な、なにぃ?」

「ファンゴの剣アターック!」

「ぐわぁ!」

 メルメルが素早く体を横に回転させながら剣を振り下ろし、その早さに対応しきれなかったザックは左腕を斬られて悲鳴をあげた。

「こ、こ、このガキがぁ!」


 ガキーン!


 青筋を浮かべながら相手が再び振り下ろしてきた剣を、メルメルは自らの剣でしっかりと受け止めた。

「ぐ、ぐぬぬ……!」

 ザックは顔を真っ赤にして剣に渾身の力を込める。しかし、自分より頭二つは小さいであろうという少女の剣を、全くはねつける事が出来ない。

 メルメルは、焦りを隠しきれない相手の顔を、ほんの少し憐れな気持ちで見つめていた。斬られてもなお、彼は相手を侮る事をやめられないのだ。無理もないのかも知れない。いくら片腕を斬られて普段の半分の力とはいえ、まさかこんなに華奢な少女に剣を止められるなんて、信じたくなくて当然なのだから。

「く、く、くそぅ……。来い、ラグゾーーール!」

 ザックが叫んで、メルメルははっと目を見開いた。

 ドドドドドドドドドド!

 暗闇の中から、先程見たのより一回り大きなカバもどきが現れて、巨大な体に似合わない速さでこちらに向かって走ってきた。メルメルはザックの剣をはねつけ、一気に後ろに跳んでカバもどきを交わす。

「サンダーボール!」 間を置かずザックが魔法を投げつけてきて、メルメルは地面をクルリと転がってそれを避けた。

「――ああ!」

 目の前に、猛突進してくるカバもどきの姿があった。その、メルメルを丸ごと飲み込めそうな程に大きく開けられた口を見て、絶体絶命な気持ちで目を閉じかけた、その瞬間――


 ズドーン!

 メルメルの五倍くらいありそうな巨大カバもどきが、突然、横倒しになってしまった。投げ出された前足に巻き付いていた鞭が、シュルリと持ち主の元に回収されていくのを目で追って、メルメルはにっこり笑った。

「マリンサ!」

「無事ですか? リーダー」

 メルメルが頷こうとした、その時、

「サンダーボール!」

「ウォーターウォール!」

 ザックがメルメルに向けて放った魔法は、マリンサの防御魔法によってかき消された。

「――ちぃ!」

 マリンサは思わず舌打ちする。呪文を唱える隙に、ザックが懐深くとび込んで来たからだ。しかも手にしているのは、先程まで使っていた長剣ではなく、手の平程しかない短い剣だった。接近戦では相手の武器が不利である事を見越しての行動だろう。案の定、マリンサは鞭を使う事が出来ずに、敵の攻撃を交わしてばかりいる。

 マリンサとザックの戦いが気にはなるが、メルメルにはそれどころではない事情があった。実は、転んでいたカバもどきが直ぐに起き上がっていて、幾度となくこちらに突っ込んで来ているからなのだ。その度にクルリと身を交わし、ついでに一太刀浴びせているのだが、カバもどきは恐ろしい生命力で倒れる様子が全くない。同じように命の石を使って造られているとはいえ、キメラは悪魔の兵隊と違って不死の肉体という訳ではないのだから、幾度となく攻撃を繰り返せば、いずれは倒す事は出来るはずだ。しかし、

(出来るなら、あまり苦しめたくないのに)

 と、メルメルは考えていた。

 たとえ、既にまともな生き物ではなく、その姿も異形としか呼びようがなくても、身体中から血を吹き出させている姿を見ていると心が痛む。――何とかして一撃で息の根を止めてやりたいが……。

(首を切り落とせば済むのだろうけど……)

 残念ながら自分には、まだ、そこまでの腕力がない。再び突進してきたカバもどきを睨み据えながら、ゆっくりと剣を構え直した。

 突然、何を思ったか、メルメルは突っ込んでくる相手に向かって走り出した。そして前方に大きく跳び上がり、体が重力によって落ちて行くに任せて、剣を真下に突き刺す。


 ズサッ!


 メルメルがぱっと跳びずさり、地面に着地した次の瞬間、


 ズドー――ン


「………………」

 メルメルは悲しい目で、しばし、倒れたカバもどきを見つめた。その首の後ろには、深々と自らの剣が突き刺さっている。たとえどんな理由があろうとも、命を奪い取る瞬間は実に苦しいものだ。思わず溜め息を落とした次の瞬間、パリーンとガラスの割れるような妙な音と男の悲鳴が聞こえて、メルメルは慌てて後ろを振り返った。

 ――その光景を見て、メルメルは思わず息を飲んだ。

 月明かりの下、女と男は、まるで抱き合うようにして立っていた。奇妙なのは、女の拳が男の心臓を突き破って伸ばされていた所だ。――いや、正確に言えば、心臓があった場所を、である。今では悪魔の兵隊となってしまった男に不死の肉体を与えし命の石は、粉々に砕けて散って、月明かりにキラキラと輝いていた。

 普通驚くのは、ザックの体を突き破っているのが、マリンサの素手の拳であるという事実だが、メルメルはさほど驚いてはいなかった。何故なら、マリンサの手に籠手の様に巻き付いた、黒い羽の塊に気付いていたからだ。

 地面に倒れたザックにちらりと視線を送りつつ、マリンサはメルメルに目を向けた。

「さあ、行きましょうリーダー!」

 メルメルがこくりと頷くと、マリンサの手に巻き付いていた黒い羽がほどけ、空中でぶわりと膨らんだ。一瞬にして現れたのは大きなダチョウで、その首にはエメラルド色の美しい首輪がキラリと光っていた。

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