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まぼろしと猫

「まんまと騙されたな! 七色の勇者め〜!」

 突然建物の影から現れたのは、追いかけていたはずの人物。――幻影使いザックだった。メルメルは慌てて馬の手綱を引いた。更に、その後ろからも複数の敵が現れたが、数を確認する間も無くザックが叫んだ。

「ファイヤーボール!」

「「「「ウォーターウォール!」」」」

 メルメルを狙った敵の魔法は、四人分の防衛魔法によって阻まれたが、馬が魔法に驚いて竿立ちになってしまい、メルメルは地面に投げ出されてしまった。素早く立ち上がると、目の前には既にマリンサとキーマが自分を守るように立っていた。傷付いた様子もなく去って行く馬の後ろ姿を見て、メルメルはほっと一安心した。と同時に、自分の浅はかさを思い出して情けなくなってしまった。マリンサの警告で馬の速度を緩めていなければ、今頃どうなっていたか分からないではないか。

「怪我はないですか? リーダー」

 問いかけながらマリンサは手にした鞭を縦横無尽に操り、襲いかかってくる敵をなぎ払っている。

「大丈夫よ!」メルメルも答えながら剣を構えた。

 自らの前に立って、休みなく攻撃を繰り返すマリンサとキーマ。その、大きな女戦士二人の隙間から伺った限り、敵兵の数は二十以上はいるように見えた。むせかえるような匂いと奇妙な唸り声を聞けば、そのほとんどが悪魔の兵隊なのだろうと察しがつく。

 命の石によって不死の肉体を得た異形の者達――。厄介な相手ではあるが、マリンサ達ならばそれほど手間取る事は無い。悪魔の兵隊の戦闘能力はそれほど高くはないのだ。

 ヒュー! ヒュー!ヒュー!

 背後から、矢が風を切る独特の音が聞こえてきて、はっとメルメルは振り返った。

「サンダーボール!」

 ニレが魔法をぶつけ、大きなカバのような生き物が地面に転がった。良く見ると、その体は硬そうな鱗に覆われている。

「キメラ……こんなにたくさん……」

 数十匹のキメラが忍び寄って来ていて、ニレとトンフィーが必死で応戦していた。メルメルは近づいてきたカバもどきに斬りかかりながら、キョロキョロと辺りを見回す。探す相手は直ぐに見つかった。カバもどきの鱗が生えた長い尾に、二匹仲良くかぶり付いていたのだ。

「ミミ! シバ!」

 メルメルの呼びかけにトラ猫二匹は素早く反応して、かぶり付いていたカバもどきからさっと飛び去った。そうして二匹並び、後ろ足ですちゃりと立ち上がって、両手を交互に振り上げながら……


「ニャーニャーニャーニャー!」


「ミラークルクル! ウンピョウにな〜れ!」


 ピッカー!


 辺り一面、まばゆい光に包まれて……


「ガオー!」


 二匹のウンピョウは牙をむき出し、直ぐ様近くのカバもどきに飛びかかっていく。今では何の問題もなく、しっかり三十分間ウンピョウに変身する事の出来るミミとシバは、次々に敵を蹴散らしている。

 かなり形勢が有利になってきたのを感じたメルメルは、今度は当初の目的だった相手を探そうと首を巡らせた。すると、戦場から少し離れた場所で、戦況を見極めるように立っているザックを見つけた。こちらの視線に気付いたのか、向こうもメルメルを見つめてきて、

「あ……! 待ちなさい!」

 背を向けて一目散に逃げ出した男を、メルメルは慌てて追いかけて行った。

「リーダー! ――キーマ、一人で持ちそうか?」

「大丈夫だよ! 行ってマリンサ!」

 キーマに力強く頷き、マリンサはメルメルの後を追った。


**********


 黒いマントをたなびかせながら、夜道を懸命に逃げるザック。メルメルは素晴らしい俊足でそれを追いかけて行く。ザックが右に曲がればメルメルも後を追って右に曲がり、ザックが素早く左に曲がればメルメルも慌てて左に曲がる。月明かりは家々の陰になって、周りの景色はほとんどが闇に飲まれていた。それでも相手を見失わずにいられるのは、実に分かりやすい目印があるからなのだ。ザックが手にした異常に明るいランプ。おそらく魔法で火を灯しているのだろうが、それが良い目印になってどれほど暗くても相手を見失わずに済む。

(それにしても……速い)

 メルメルはかなりの俊足である。腰に二本も剣をぶら下げているとはいえ、相手だって重そうな鉄の防具やビロードのマントを身につけているのだ。それなのに何故、距離が一向に縮まらないのかと内心で首を捻った、その時、

「あ……!」

 メルメルは思わず目を見開いた。目の前の建物の影から白い影がピューッと飛び出してきたからだ。

「ミケちゃん……」

 メルメルの前方を、一匹の三毛猫が走っている。それは、トンフィーのペットであるアケよりも白い所の多い三毛猫で、鍵型に曲がった尻尾をピコピコと左右に揺らしながら走る様は実に可愛らしく、心が和む。その良く見慣れた後ろ姿を見るうちに、メルメルは力みすぎていた肩から少しだけ力が抜けていくのを感じた。

「ミケちゃんたら……また、助けに来てくれたのね……」

 このミケちゃん――本当の名前をユトロニャーオという――は、他の何匹かの猫と共に、道に迷ったり、時に敵を見失ったりするメルメルをたびたび導いてくれているのだ。故郷にいる時からメルメルはこの猫達を知っているのだが、不思議な事に町を遠く離れた今もなお、こうして時折姿を現す。もしかするとミミかシバが猫達のボスで(メルメルは絶対ミミだって思ってるんだ)、それに付いてきているのかも知れないとトンフィーは言っていた。群れのリーダーをペットにした飼い主は、そのリーダーに従う群れ全部を操る事が出来るからだ。

「大丈夫よ、ミケちゃん……見失ったりしないから……」

 ザックとの距離は縮まらないが、引き離される事もなく一定の距離を保っている。しかし、いずれ相手の持久力に限界がくると考えていた。メルメルは体力にもかなり自信を持っているのだ。

「――あ!」

 突然、ユトロニャーオが路地を左に曲がって、メルメルは一瞬躊躇(ちゅうちょ)して速度を緩めてしまった。しかし、ザックは左には曲がらず真っ直ぐ走って行く。メルメルは左に曲がる事なく、真っ直ぐ進んでザックを追いかける事にした。

(……まずいわ)

 一瞬速度を緩めたせいで、かなりザックとの距離が開いてしまっていた。このままでは見失ってしまうと焦ったところで、ザックが路地を右に折れた。メルメルは慌てて後を追って右に曲がった。

(あれ?)

 何故か、ザックとの距離がかなり縮まっている。もしかすると相手の体力に限界がきたのかと考え、メルメルはしめたと思った。しかし、

(……おかしいわ)

 距離が、一向に縮まらないのだ。先程と同じように一定の距離を保っている。縮まらないし、遠ざかりもしない。まるで、測られたように付かず離れずのまま。

(……そうよ。まるで――はかられた、ように)

 背筋がぞくりとふるえた、その時――

「あ……! チャトちゃん!」

 今度は、路地からミミとシバよりも一回り小さな茶トラの猫――アーチャ――が現れて、ザックとメルメルの間を走り始めた。再び現れた見知った猫の姿に、何だか安心をする。ところがほっとするのもつかの間、直ぐにザックが路地を右に曲がり、それを無視してアーチャは真っ直ぐ進んで行ってしまった。

(どうしよう……)

 メルメルは思わず立ち止まり、ザックの行った右の道と、アーチャの行った真っ直ぐの道を見比べる。暗がりで、茶トラの猫の姿はもう見えない。右手の道を見れば、どんどん小さくなって行く光が見えて何だか気持ちが焦ってきてしまい、そちらに向かって走り出そうと一歩踏み出した、その瞬間。


「ミギャ〜!」


 聞き慣れたダミ声に、思わずピタリと動きを止める。ぱっと顔を向けるとアーチャが消えた暗い路地の奥に、月明かりを受けてキラキラ光る二つの金色の瞳を見つけた。

「ミギャ〜! ミギャ〜! ミギャ〜!」

 意を決して、メルメルはそちらに向かって走り出した。暗がりで足元もおぼつかないが家々の隙間から月が顔を覗かせるたびに、ワーチャのずんぐりしたキジトラの背中が見えた。

「ミギャ〜! …………ミギャ〜!」

 こっちだよ、と教えるかのように、ワーチャは定期的に鳴き声をあげながら走っている。今やメルメルは確信していた。

(ザックはきっと――こっちにいるんだわ!)

「ミギャ〜!」

 ひときわ大きくワーチャが鳴き、メルメルは暗い路地から飛び出して、月明かりの下におどりでた。

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