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七色の勇者の成長

 大きな四頭の獣が、砂塵をまき上げながら駆け抜けて行く。それぞれの上には大小の人影がある。獣のうち三頭が筋肉に張りのある、いかにも駆ける為に生まれてきたといった感じの馬で、残るもう一頭は――ダチョウだった。乗り心地はあまり期待出来そうになかったが、乗り手であるマリンサはそんな事問題では無いといった様子で、鮮やかに手綱を操っている。闇夜に吸い込まれそうな漆黒の髪をなびかせながら、マリンサが不安げに辺りを見回しているのを遠目に見て、グッターハイムはポツリと呟いた。

「マリンサは気付いているようだな……。しかし、あいつは全く気付いてない」

 不愉快そうに舌打ちをする。その視線が注がれているのは、一団の先頭を行く馬上の小さな人影。頭に赤い布を巻き付け、幼いながらにしっかりと馬を操っている少女。旅に出てから一年半が過ぎ、十二歳になったレジスタンスのリーダー。メルメルだった。

「時間をかけすぎだ……。何してやがる」

 グッターハイムが立っているのは、木を適当に組み合わせただけの華奢な見張り台の上。大雑把な造りの割に高さだけは立派なもので、わずかな風にもゆらゆらと揺れている。同じような見張り台が、町の回りを囲うように幾つも建てられていた。軍隊は、余程外からの攻撃を恐れていたのだろう。最近の、度重なるレジスタンスからの攻撃を考えれば当然の事かも知れない。プライドだけはいっぱしの、このラズナザールの町を任されているザック大佐は、ようやく自らの手に余ると思い知ったのか、先程応援要請の使者を一番近くの街に送っていた。しかし、応援が到着する前に全ての片がつくとグッターハイムは考えていた。何故なら、こちらの目的は既に達成していると言えるからだ。いざとなれば、直ぐに撤退したって構わない。闇の軍隊を町から完全に追い出すのが目的なら、事は容易には運ばないだろう。だが、こちらの目的はそれではないのだ。こちらの目的は――



――今から一年半前。谷合の廃村――。



「それじゃ、今後の活動について決めておくか!」

 広場に集まったレジスタンスの面々を見回しながら、グッターハイムは声を張り上げる。メルメルは隣で、それを頼もしげに見上げた。

 遅れて廃村へとやってきたグッターハイムは、さっそくメルメルを連れて皆に訴えかけたのだ。あの日、マリンサ達にもそうしたように。それまで意気消沈していたメルメルは、案外顔色も良くて変わらずパワフルなグッターハイムの登場に、すっかり元気を取り戻していた。様々な場所から集まった第一部隊の者達は、副部隊長であるマリンサが既に認めている事もあって、思いの外あっさりとメルメルを受け入れてくれたのだった。


「今後の活動って……。何か、今までとは違う特別な事でもするのですか?」

 ニレと仲の良いフーバーが不安げに尋ねて、隣でニレが――当たり前さ、と明るい声を出した。

「七色の勇者が現れたんだ! 今までのように、隠れ家でこそこそ軍の様子を窺って機会を待つ。――なんてする必要ないんだよ。だいたい、もう隠れ家は見つかってしまっただろうから、帰る訳にはいかないし」

「ニレの言う通りだ。そもそも、俺達が生き延びてきたのは、何もわずかな糧を得て仲間とのんびり暮らす為じゃない。俺達レジスタンスは――」グッターハイムは一呼吸置き、強い眼差しで一同を見回した。「――暗黒王を討ち、闇の軍隊を滅ぼす為に生き延びてきたんだ」

 しばし静寂が訪れた。皆思い思いに、自らがこの場所を選んだ理由を思い出していた。

 ――愛する人を奪われた。――生まれ育った町を奪われた。――平和な暮らしを、奪われた。

「安らかなる青き国に闇生れしとき、青き国は暗黒の国へと変わるだろう。

 民が光を失い暗澹とした日々が過ぎし時、七色の光をまといし勇者現れ、闇を打ち砕き、青き石を女王の手に取り戻すだろう……」

 ニレが言って、グッターハイムは力強く頷いた。

「今こそ、動き出す時だ」

 再び静寂が訪れる。隣でいつになく厳しい顔をした男を、メルメルはそっと仰ぎ見た。すると、ついついその右肩辺りに視線が行ってしまいそうになり、慌てて前を向いた。そんなメルメルの様子に気が付いたのか、グッターハイムは残っている方の手でぐっとメルメルの肩を握ってきた。思わず仰ぎ見ると、相手はいつものように片頬を上げてニヤリと笑っていた。

「まずは、こいつの存在を世間に知らしめよう。俺はこれが一番重要だと考えてるんだ」

「ど、どうしてですか? そんな事したら、闇の軍隊はメルメルを狙い打ちして来ますよ。逆に、なるべく敵に知られないようにして、皆でメルメルを守った方が良いんじゃないですか?」

 既に、メルメルを妹のように愛しく思っているニレは、思わず声をひっくり返して反論する。そんな意見は話にならないといった顔で、グッターハイムは首を横に振った。

「お姫様ごっこをしてるんじゃないんだぞ。皆を引っ張って行かなきゃならないリーダーが、大切に守られながら隠れていてどうする?」

「そ、それはそうですが――」

「動き出す時だと言っただろうが。――だが、七色の勇者が現れたからって俺達が急に強くなった訳じゃない。正直、ラインを失った分弱くなったとさえ言える。こいつをかくまいながら、今いるレジスタンスの全員で敵の城に――ハルバルートに乗り込んだって、あっさりと壊滅させられるだけだろう」

 思わず人々から溜め息が出た。ラインという名前を出したせいだろう。何だか急に元気を無くしてしまった皆の様子に、――また考えなしな発言を……。と内心で舌打ちしながら、ペッコリーナ先生はあえて陽気な声を出した。

「でも、あなたは何か考えがあるのでしょう? 闇の軍隊に対抗する為の、素敵な戦略が」

 グッターハイムは嬉しそうに頷いた。

「こいつは――」メルメルの肩を軽く抱き、「特別な力を持っている訳じゃない。――そりゃ、ちっと変わったペットを飼っちゃいるが……。だが何も、目からビームが出て敵を根こそぎ焼きつくすとか、そんな特別な力を持っている訳じゃないんだ」

 メルメルが思わず目をぱちくりしているのを見て、一同からくすくすと笑い声が漏れた。グッターハイムはニヤリと笑う。

「だが、メルメルは人の心を動かすという、変わった特技を持っている。こいつを見ていると、沈んだ心が明るく前向きになったり、無理だと思ってた事が、無理じゃないって気になったりしてこないか?」

 じっと大人達に見つめられて、メルメルは内心で、(うへぇ)と思いながら顔を赤らめた。トンフィーやニレなどは、グッターハイムの意見に激しく同意するというように、力一杯首を縦に振っている。

「そうだよ! あたしはリーダーとなら、なんだって出来るって気がしてんだから!」

 男のように髪を刈り上げた、ちょっと強面のキーマが叫ぶと、幾つもの賛同の声があちこちから上がった。

「そうですね。私はリーダーなら、いずれ闇の軍隊を打ち負かす事が出来ると感じていますよ」

 マリンサが言って、おお……と感心したような声が一斉に上がり、メルメルはいよいよ顔を赤くした。ようやく納得した様子の一同を見回し、マリンサはグッターハイムに向き直った。

「それでは、今後の指針を決めていきましょうか」

「ああ、そうしようマリンサ。――まず、ここにいる第一部隊のメンバーが幾つかのグループに分かれ、各地に点在するレジスタンスの隠れ家を巡るんだ。その目的は、みんなの団結力を――士気を高める為。しかし、言葉で言うほど容易な事じゃない。何故なら、おそらく敵はこれからラインの死を一気に広めるに違いないからだ。それを知れば、仲間達は戦う力を失いかねない。だからこそ、わざわざ直接各地の隠れ家に行って皆を盛り立てる必要があるんだ」

 マリンサは首を傾げた。

「ですが、バラバラに分かれてしまって大丈夫ですかね? リーダーを伴って、一つ一つ隠れ家を回った方が良いのではないですか?」

「それではあまりに時間がかかり過ぎるし、大勢で動くと敵に見つかってしまう恐れがある」

「しかし、リーダー無しで皆の士気を高められますかね?」

 自分や皆がラインの死を知ってもなお戦いを続ける気持ちになれたのは、メルメル自身と向き合って話をしたからだ。彼女の輝く瞳を見て、彼女の純粋さと優しさと強さに触れて、はじめて前を向く事が出来たのだ。そうでなければ、誰が十二歳のリーダーを認めようなどという気になるものか。その気持ちがあるから、マリンサはグッターハイムの考えに賛同出来ない。その表情を読み取って、グッターハイムはマリンサに笑いかけた。

「マリンサの言いたい事は分かっているさ。今のままなら誰も納得しない。だから、動き出す時だと言ったろう? ――これから俺達は、様々な方法で七色の勇者の存在を広める。例えば、町の者に混ざって噂を広めても良い。伝説の勇者が現れて、暗黒王を倒す日も近い、とかな。勿論、噂だけ広めても仕方ない。これからは活発に敵へ攻撃を仕掛ける。七色の勇者が現れて、いよいよレジスタンスが平和を――平和な国トキアを取り戻す為に動き出したんだと知らしめる。それによって、仲間のやる気を奮い立たせるだけじゃなく、民の心を動かす事が出来るかも知れない」

「民の心を……ですか」

「そうだキーマ。正直、今のままじゃ俺達は闇の軍隊に勝てやしない。仲間の数が少なすぎるってのもあるが、何より問題なのは、今のこの国の民は暗黒王に逆らう意思がなくて、そんな事しても無駄だとみんな諦めちまってるって事なんだ。レジスタンスに期待してる奴もほとんどいない。そんな悪いムードでハルバルートに乗り込んだって、俺達に勝機なんてないんだ」

 皆しょんぼりと肩を落としてしまった。グッターハイムの言っている事は実にもっともだと思ったからだ。

「時間は多少かかるかも知れないが、レジスタンスの存在を――七色の勇者の存在をもっと世間に知らしめる必要がある」

 ようやく心から納得したように、マリンサは深く頷いた。

「分かりました。それでは、まず我々は幾つかのグループに分かれ、各地の隠れ家を回る。そして、七色の勇者の存在を広めながら敵への攻撃を開始する。――それでよろしいですか?」

「ああ。だが、敵への攻撃は本格的なものでなくていい。やり方としては、闇の軍隊に征服された町や村に攻撃を仕掛け、そこのボスを――支配者を倒す。余裕があれば敵から食料や武器や金などを奪う。食料や金などは後で密かに民に配れば、レジスタンスの株が上がる事間違いなしだな。いずれにしても、途中で危険だと判断した場合は直ぐに撤退するんだ。何としても町を解放するとか、そこまではやらなくていい。まだ俺達にそんな力はないんだからな。ようは、活発な活動を世間に知らしめるだけで良いんだ。無理して貴重な仲間を減らすような事だけはしてくれるなよ」

 元リーダーの忠告に、レジスタンスの一同は深く深く頷いた。


*************


 それにしても、突貫工事で作ったのだろうから仕方ないが、こんな場所で見張りをさせられる兵隊はたまらないだろうな、とグッターハイムは思った。――まぁ、先程その損な役割をくらった兵隊は自分が息の根を止めてしまったが。

「いつまで幻と追いかけっこを続けるつもりだ……バカ野郎が……」

 再び舌打ちして、左の手でバリバリと頭を掻きむしる。

 見下ろした町は静けさに包まれていた。闇の軍隊の支配下に置かれているとはいえ、町の中で暮らしているのはほとんどが一般の民だ。皆、何も知らずに寝むってしまっている訳ではないだろう。戦いの気配を感じ、灯りも点けずに家の中で息を潜めているのに違いない。万が一にも、巻き添えをくらうことのないようにと。

 そんな静かな夜の町を、先程の四頭は地面を踏み鳴らしながら駆け回っている。その動きは、ぐるぐると同じような場所を行ったり来たりしているようにも見えるが、何も闇雲に走りっている訳ではないのだ。一団の先頭を行くのはメルメル。グッターハイムはここ一年半程彼女を褒めた事はないが、大人顔負けの手綱さばきを見せている。そして、彼女の斜め後ろを守るようにマリンサとキーマが左右に分かれて走り、更に後ろをニレ――とその前に、いまだに一人では馬を操りきれないトンフィーを乗せた馬が走っていた。

 そして、その一団の更に前方を、何者かを乗せた一頭の馬が駆けていた。――いや。駆けているように見えた。

 メルメルはどうやら、必死でその馬を追いかけているようなのだ。その、馬に乗った男の事を。だが、残念ながらちっとも距離が縮まらない。縮まりもしないが、遠ざかりもしない。だからつい、あともう少しという気になって、メルメルは中々諦める気になれないのだ。

「言ったはずだぞ、メルメル……。奴の通り名は、幻影使いザックだと」

 グッターハイムが忌々しげに呟いたその時、マリンサの乗ったダチョウがスピードを上げ、メルメルの乗った馬の横に並んだ。何事か話しかけているのを見て、グッターハイムはまた舌打ちをする。

「全く堪え性の無い奴だ……ん?」


 バサバサバサバサバサバサ!


「シュウリョウ! センセ、シュウリョウ!」

 空の彼方からピッピーが現れ、見張り台の上にとまった。グッターハイムはそれを見て、ニヤリと笑う。

「さすがはペッコリーナだな。予定より早いじゃないか。米さえ奪えば後は――」

 視線を下へと戻した、その時――。

 走って行くメルメル達の前方にある建物。その影から、幾つかの黒い影が飛び出して行くのが見えた。慌てて一同は馬の手綱を引くが、刺客達は直ぐに攻撃を仕掛けてくる。一瞬にしてその場所はそれぞれの放った魔法で明るくなり、激しい戦いの様子を上からでもうかがい知る事が出来た。

「……不甲斐ない奴だ」

 グッターハイムは吐き捨てるように言って、見張り台の縁にある柵をぐっと掴んだ。

 もうすでに、メルメルの前方を走っていた馬の姿はなくなってしまっていた。だが、別に走り去った訳ではない。あれは、跡形もなく消え去ってしまったのだ。グッターハイムはしばらくの間戦いを見守り、突然ひらりと柵を乗り越えた。つまり、高さ十数メートルはあろうかという場所から飛び降りたのだ。その反動で見張り台は激しく揺れた。

「ギャギャ! ヤダワピーチャン、マタコンナニキタナクシテ! ギャギャ!」

 驚いたピッピーは慌てて飛び去って行く。その闇夜に白く浮かんだ後ろ姿を地上から見送り、グッターハイムは夜の町を走り出した。

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