谷あいの廃村 2
そんなメルメルの様子を見て、――もしかすると……。と、トンフィーは考えた。
(もしかすると、メルメルは寂しいのかも知れない。そう、僕だってちょっとペッコリーナ先生がいなくて寂しいんだから、メルメルはもっと寂しはずだ。だって、僕よりも年下(たった一つなんだ)なんだから)
「やぁ元気かい子供達! ――おや? フレンリーじゃないか!」
聞き慣れた優しい声(でも、いつもより一オクターブ高いんだ)がして、振り返ると入り口のドアに、背がひょろっと高くてぼやっとした顔の男――ニレが立っていた。その肩にとまっている虹色インコのウォッチが、ニレの束ねた長い髪をつついて遊んでいる。
「偶然だね! ――あ、丁度お昼時じゃないか! みんなで一緒にランチでもしようよ!」
そう言いながらも、すでにニレは器用にも片手に二つづつ食事の載ったプレートを持っていて、メルメルは思わずぷっと吹き出してしまった。
「いいわね〜。それじゃ〜お昼ご飯にしましょうか〜」
ニレはウキウキ足で近寄って来てプレートをそれぞれに渡すと、ちゃっかりフレンリーの隣に座りこんだ。メルメルはご飯を食べ、優しいにこにこ顔のニレを見ているうちに心がほぐれてきて、気になって仕方がないがちょっと聞くのがためらわれていた事を、素直に尋ねる気になってきた。
「ねぇ、レジスタンスのみんなはどう? マリンサの話を、少しは納得してくれたのかしら?」
にこにこ顔のニレの顔が一気に曇った。それを見て、メルメルは想像以上に事が上手く運んでいないのだとさとった。
「いや、やっぱりその……難しいよ。ほら、だから、何が難しいかって、あれさ…………そう、ラインさん! ラインさんは、皆の要だったから。その要がいなくなってしまったんだから、皆が動揺するのも無理ないよ」
言葉を選びながらニレがしどろもどろに言うと、フレンリーが、
「それに〜、メルメルがリーダーになるのが〜、みんなやっぱり〜納得出来ないみたい〜」
とさらりと言って、ニレの心使いを台無しにしてしまった。
「そりゃそうよね……」メルメルはしゅんとうなだれた。
「でも〜仕方がないわ〜」フレンリーは、ぽんぽんとメルメルの肩を叩いた。「だって〜みんなはメルメルの事を〜良く知らないんだもの〜。私だって〜、今日から知らない子供に〜あれこれ指図される何て言われたら〜、きれてしまうもの〜」
「さ、指図なんて、フレンリー……」ニレは焦ってアワアワしている。
「でも〜、メルメルの事を知ってたらきれないわ〜。メルメルみたいに素直で〜優しくて〜キュートな子なら〜リーダーになっても構わないわ〜」
――そうそう! と、ニレは嬉しそうに手を叩いた。
「メルメルと話をしたら、この子は特別なんだって皆も分かるはずだよ!」
「特別なんかじゃないわ」
メルメルは嫌そうに顔をしかめた。しかし、興奮してきたニレはそれに気付かない。
「なんていったってメルメルは、七色の勇者なんだからね! ――そうだ。皆を説得しに行こうよメルメル。ほら、あの時みたいに。君の話を聞いて、そして君を見れば――君のその輝く瞳を見れば、いっぺんで皆納得するよ」
にこにこ顔のニレに対して、メルメルは暗い顔で首を横に振った。
「そんなの無理よ。ワタシを見たら、逆にみんながっかりしちゃうわ」
「そんな事ないさ! 以前だって上手くいったじゃないか。あのマリンサさんでさえ、納得させられたじゃないか」
「あの時は……あの時とは違うわ」
「違うって、どう違うんだい?」
「だって、今は……」
「今は?」
「…………」
黙りこんでしまったメルメルに、ニレとトンフィーは一緒になって首をひねった。
「分からないな。メルメル、あの時と何が違うんだい?」
「だから、今は……」
「今は?」
「今は〜、グッターハイムおじ様がいないものね〜」
フレンリーの言葉に、メルメルは口をへの字に曲げてうつ向いてしまった。
「……グッターハイムさん?」
ニレは意味が分からず、再び首を傾げた。
(……そうか)
すねたような顔で黙りこんだメルメルの顔を見ながら、トンフィーは心の中でポンと手を打った。
(僕は勘違いをしていたんだ……)
メルメルは、ペッコリーナ先生がそばにいないから寂しくて元気がなかった訳ではない。そう――実はグッターハイムがそばにいない事こそが、彼女が元気の無い原因だったのだ。
勿論、今やメルメルとトンフィーの母親代わりになっているペッコリーナ先生がそばにいなければ、寂しいという思いはある。だが、それでしょんぼりと元気を無くす程、もう彼女は幼くはない。しかし、いくら覚悟の上だったとはいえ、レジスタンスのリーダーなどという大役を平気でこなせる程には、彼女は大人ではなかった。大人達――しかも、厳しい戦いの中に身を置いた、鋭い目付きをした者達ばかりを前にして、尻込みをしない子供がいるだろうか? 大人でさえ、それらをまとめあげるには、かなりの度胸が必要だろう。実際メルメルは、あの時――マリンサ達を前にして、逃げ出したいような衝動にかられたのだ。それでも逃げ出さずに、しっかりと向き合って思いをぶつける事が出来たのは、グッターハイムが隣にいたからなのだ。
グッターハイムはおっちょこちょいで、すぐに泣き言を言うような男ではあるが、あっけらかんとした豪快な性格と誰もが唸るような剣技で、何だかんだ言ってもしっかりと周りの信頼を得ている。メルメルはこっそり、そんな彼をとても頼りに思っていたのだ。
――自身を持て。お前は七色の勇者なんだ。俺がそう感じたんだから、間違いない。
おじさんにそう感じられてもね〜。などと、メルメルは減らず口をたたきながらも、心の中ではグッターハイムの根拠のない励ましの言葉に、勇気をたくさんもらっていたのだ。
――あの大きな手のひらに背中を押されないと、今ひとつパワーが出てこない。
しゅんとなって、いつもより頼り無げなメルメル。その理由がようやく分かって、トンフィーは自分の思いの至らなさを反省した。
(心細くなって当然じゃないか! メルメルは僕より年下(たった一つなんだ)なんだから)
「……確かに、グッターハイムさんがいれば、皆をもっと楽に納得させられるのにね」
ニレもようやく、メルメルの不安な気持ちに納得がいったようだ。お兄さんのような顔付きでメルメルの事を見ている。
何と言っても、グッターハイムは十年間もの間、レジスタンスのリーダーとして皆をまとめあげてきたのだ。それは勿論、ラインという大きな後ろ楯があったとは言えるが、彼以外の人間がリーダーだったなら、勝つ見込みの無い戦いを続ける反乱軍などという物は、とっくに瓦解していたとニレは考えていた。
「ケガの具合、本当に良くなったのかしら……」
メルメルがしょんぼりと呟いて、男二人は情けない顔になった。
「大丈夫よ〜。けろっとした顔で〜とっととここに来るわよ〜」
フレンリーが言って、にこっと笑った。メルメルが笑い返そうとした、その時――
バサバサバサバサ!
「マーツカレタ! ヒーツカレタ!」
「ピッピー!」
入り口のドアから飛び込んで来たのは、ペッコリーナ先生のペットでオームのピッピーだった。
「ゴトウチャク! センセ、ゴトウチャク!」
「ご到着、って……」
「ほら〜、とっとと来たわよ〜」
フレンリーはにっこりと笑った。