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谷あいの廃村 1

 思ったよりも、大きな村だった。谷あいにあるというから、何となく小さな隠れ里のような物を想像していた。だが、たどり着いてみれば、自分達が暮らしていた町と、建物の数だけならそう変わりないような、ちゃんとした村だった。ただ、土地が狭い。家々はまるで寄り添うようにひしめきあっていて、それがやけに窮屈そうに、メルメルには見えるのだ。

 その廃屋ばかりの中から、割りと崩れていない家を見つけ出し、たどり着いたレジスタンスの者達はそれぞれに旅の疲れを癒していた。

「ワタシ達、こんな風にくつろいでいて良いのかしら?」

 そんな崩れかけの廃屋の一つで、トンフィーと向かい合って座りながら、メルメルは少し不安げな顔で言った。

「でも、マリンサさんがうろうろ出歩かず、ここで体を休めておくようにって」

「確かにそうだけど、もう三日間もこうしてるのよ?」

 グッターハイムのケガの様子を気にしながら、後ろ髪引かれる思いでザブーの街を出ると、一日かけての厳しい山越えが待っていた。ようやくといった感じで(メルメルはともかく、トンフィーはフラフラになっちゃったんだ)村にたどり着くと、マリンサはメルメルとトンフィーを真っ直ぐにこの廃屋へと連れてきたのだ。

「まずは私から皆に説明します。しかし、これからはラインさん抜きで戦わなければいけないという事実を、誰もすぐには受け入れられないでしょう。――我々の時と同じように。ですから、皆の気持ちが落ち着くまでは、少しこちらで休んでいて下さい」

 マリンサはそう言い残して行ったが、メルメルには分かっていた。皆がすぐには受け入れられないのは、ラインの死だけでは無いだろう。人々が待ち望んでいた希望の光、古の大占い師によって暗黒王を討ち滅ぼすと予言された「七色の勇者」が、自分のような何のへんてつもないただの子供である事は、簡単には受け入れてもらえないのだ。更にはその子供が、グッターハイムに代わってレジスタンスの新リーダーになるなどと聞けば、皆が混乱を通り越して憤怒する事は分かりきっている。――そう、あの時のマリンサ達のように。

 だから、マリンサはメルメルにあまり出歩くなと言ったのだ。メルメルの姿を見れば、あまりの平凡さ振りに余計に皆が動揺すると考えたのかも知れない。

 だが、三日間も大人しく家の中に閉じこもっていられるメルメルではない。たどり着いたその日はさすがにクタクタで、運ばれてきた食事を食べて早々に寝てしまったが、さっそく次の日には言い付けを破って外に出てしまったのだ。

 しかし外で待っていたのは、何だか憂鬱になるような薄暗い廃村の景色と、人々の好奇と不審に満ちた視線だけだった。

 レジスタンスの者達は、近寄って来るでも遠ざかって行くでもなく、ただそんな風な目で遠巻きにメルメルの事を見ていた。

 いつもなら、そんな周りの目など全く気にもとめないメルメルなのだが、今は慣れない旅による疲れのせいか、それをとても苦痛に感じてしまったのだった。

 結局、早々に元いた廃屋へと引き返した訳だが、三日経ってもメルメルの外出禁止令は解かれない。時折様子を見に来るマリンサに、いつまで待てば良いのかと尋ねたくなるが、マリンサは酷く疲れた顔をしていて、メルメルは何だか可哀想で何も聞けなくなってしまうのだ。

「本当は、ワタシから直接みんなに説明するべきなのよね。だって、ワタシがレジスタンスのリーダーなんだから」

「…………」

「みんな、そんな簡単には納得しないに決まってるわ。だって、ワタシみたいな子供にリーダーを任せるなんて、納得出来なくて当たり前だもの」

 トンフィーは、確かにその通りだとは思ったが、肯定するのも否定するのも無責任な事に思えて、何も言えずに黙っていた。

「せめて、ワタシ自身も精一杯みんなを納得させられるように努めなくちゃ。マリンサに全部押し付けて、こんな所で待ってちゃダメなのよ」

 思い詰めた顔で宙を睨む少女の顔を、少し不思議に思いながらトンフィーは見つめた。

 いつものメルメルならば、こんな風に理屈っぽい事をごちゃごちゃ言わないで、とっとと皆を説得しに行くはずだ。彼女はトンフィーと違い、典型的な「頭で考えるより先に体がまず動いてしまうタイプ」で、そこが彼女の短所ではあるが、本当は最高の長所でもあるとトンフィーは思っていたのだ。だが、今のメルメルは、いかにも彼女らしくなかった。

 何だかいつもより頼り無げで、しょんぼりとして見えるメルメルを励まそうと思うのだが、トンフィーには今一良い言葉が思い付かない。困ったなと眉をハの字にしていると、カリカリと戸を引っ掻く音が聞こえてきて、内心でちょっと助かったと思いながらトンフィーは立ち上がった。おそらく、散歩に出掛けたミミとシバ、それにちょこちょことついていったアケが帰って来たのだろう。自分の代わりに、猫三匹がメルメルの事を励ましてくれるかも知れないという、何とも情けない期待を抱きながら、トンフィーはガチャリとドアを開けた。するとそこに、

「ブー」

 予想に反した大きなピンク色の豚がいて、思わず目を丸くした。

「ブー、ブー、ブー」

 大きな豚の足元から、今度は三匹の小さな豚が現れた。そして、驚いているトンフィー(だって、猫が現れると思い込んでたんだ)を押し退けるようにして、親子の豚はぞろぞろと家の中に入って来たのだ。

「あ! ブーちゃん達だ〜」

 後ろからメルメルの嬉しそうな声が聞こえて、トンフィーはほっとしながら振り返った。メルメルはいつものにっこにこ顔で、子豚を抱き上げている。猫ではなく豚ではあったが、トンフィーの期待通りメルメルは少し元気を取り戻したようだ。

(それに、ブーちゃん達が来たって事は……)

「メルメル〜トンフィ〜、ご機嫌いかが〜?」

「フレンリー!」

 背中が痒くなるようなトロい……いや、おっとりとした喋り方で現れたのは、どこかのお姫様かと思わせる程に、高貴な気品と繊細な美しさを持ち合わせた女性、フレンリーだった。

 トンフィーは一安心した。フレンリーは見た目や喋り方に惑わされがちだが、思いの外芯のあるしっかりとした女性なのだ。トンフィーにはメルメルを元気づけるような言葉が思い付かないが、フレンリーなら上手くやってくれるかも知れない。

「メルメル〜、ちゃんとご飯を〜食べてるのかしら〜? 何だか元気が〜ないわよ〜」

 さっそく様子がおかしいと気付いたのか、フレンリーは首をかしげながらメルメルに近づいた。

「そうかしら? ……うんうん。ちゃんとご飯は食べてるわ。でも……」

「でも〜?」

 フレンリーはメルメルの横に座りながら、その顔を覗き込むようにした。

「……あまりじっとしてるから、体が鈍っちゃったわ」

「それなら〜お散歩でも〜しましょうよ〜」

「でも、マリンサが外に出るなって……」

「構わないわよ〜お散歩くらい〜。行きましょうよ〜」

「でも……」

 トンフィーは首をひねった。

 いよいよもっておかしい。ここはいつものメルメルなら、「そうよね。お散歩くらい構わないわよね!」と言いながら、自ら率先して外に飛び出すはずだ。それがまるで言い訳でもするかのように、でも、でも、と繰り返している。

「なんなら外で〜、魔法の練習でも〜しましょうよ〜」

「え? ど、どうして魔法の練習をするの?」

 フレンリーの言葉に、メルメルは思わずのけ反った。

「だって〜、伝言がきたもの〜。メルメルは〜魔法が苦手だから〜教えてやってくれって〜」

「で、伝言?」

 メルメルは首を傾げる。

「ペッコリーナおば様から〜。ピッピーが手紙を〜持って来たのよ〜」

「ピッピーが来たの!」

 メルメルが急に大きな声を出すから、トンフィーは驚いて飛び上がってしまった。フレンリーはそれほど驚いてはいないようだが、少し不思議そうにメルメルの顔を見ている。

「ど、どうだって? ピッピーの手紙には何て書いてあったの? グッターハイムの怪我の具合、良くなったのかしら? あとどのくらいで、ここに来られそうだって書いてあった? ねぇ、フレンリー!」

 メルメルは掴みかからんばかりの勢いでフレンリーに詰め寄る。興奮して顔を赤らめた少女に、フレンリーはにこりと笑いかけた。

「大丈夫よ〜。おじ様の容態は〜詳しくは書いてなかったけれど〜、心配ないって〜書いてあったわ〜」

「そう……。あの、それで、いつ頃来れそうなのかは……」

「それは〜書いてなかったわ〜」

「…………そう」

 メルメルはがっくりと肩を落とした。

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