彼の語尾の謎は解けないままでしたが、まぁもう恐らく関わることはないのでそれでいいでしょう。~後悔のない生き方をしたいものですね~
「婚約、破棄しマッスル大使!」
我が婚約者ディフォースは語尾にマッスル大使を付けることで有名だ。
なぜそのような語尾を使うようになったのかは知らない。そういったところについて話を聞かせてもらえたことはないから。彼が珍しい語尾を使う理由については、私だけではなく、誰も知らないようである。彼のことを昔から知っている人でさえ詳しいことは知らないと言っていた。
ちなみに、たびたびマッスル大使という単語を使う彼だが、彼自身にはマッスル要素は皆無である。
「え、っと……それは一体、どういう……?」
「そのままの意味でありマッスル大使!」
「私との婚約を破棄する、ということなのね?」
「そう! いう! こと!」
婚約破棄、なんて、かなり真剣な話題のはず。それなのにディフォースは明るい表情を貫いている。爽やかな笑みは似合わない状況だというのに、今の彼はこれまで見たことがないくらい爽やかな笑みを浮かべている。
……もっとも、歯が異常に黄ばんでいるところだけは、爽やかでないが。
「ではこれにて! 関係は終わりとしマッスル大使!」
「あの、こういう真剣な話の時くらい、ふざけた語尾はやめてもらえないかしら」
「ふざ! けて! ない!」
「えええ……」
「マッスル大使は正義でありマッスル大使! ふざけた、なんて、言わないでほしい!」
不快感を分かりやすく露わにした彼は。
「貴女のような平凡極まりない女性とは縁を切る、決定は絶対!」
そう言って、会話を終わらせた。
◆
数週間後、ディフォースは路上で通行人とぶつかり、そのことについての謝罪の場でもマッスル大使をつけて喋っていたために相手に激怒され治安維持組織へ突き出されたそうだ。
で、話し合いの結果、牢屋送りとなってしまったらしい。
思わぬ展開で罪人となり牢屋に入れられてしまうこととなった彼は、そこへ入れられてから一年も経たないうちに風邪をこじらせて倒れ、帰らぬ人となったのだった。
◆
あのいきなりの婚約破棄からどのくらい経ったのだろう? 今はもう思い出せない。あの出来事は衝撃的で、けれどもそれは私を別の未来へと歩ませてくれた――おかげで、六十歳となった今、三人の子と十人の孫に囲まれながら賑やかに楽しく暮らすことができている。
「ばーちゃん! お菓子あげる!」
「んもぉ! にーたまばっかりズルいよ! 今日は僕がばーちゃんにお菓子あげる日って約束したじゃん!」
「約束? はああ? しーらねっ」
「にーたま、いっつもそんなのばっかり! サイテーだよ! いい加減、約束守ってよ!」
孫たちはたびたび喧嘩を始める。
だがその様子を見守ることですら今はとても楽しくて。
日常の中の小さな出来事一つ一つに感謝しながら、人生という道を歩むことができている。
これから先も、ずっと、こんな風に温かな空間で暮らしていけたらいいなと思っている。
派手なことなんてないかもしれない。
社会的に大成功を収めることはないのかもしれない。
けれども、こうして今ここに在る光景こそが、私にとっては最良のもの――だから私はこの日常を護って生きていくつもりだ。
「ばーちゃん! これ! お小遣いで買ったんだよ!」
「そうなの? ありがとう」
「前に食べたことあったんだけどめちゃくちゃ美味しかったやつでー」
「おすすめなのね」
「そう! だからさ、今度ばーちゃんにあげようって、ずっと思ってて! ばーちゃんもきっと気に入るって!」
残された時間がどのくらいあるのかなんて分からない。でもそれはそれでいい。命が終わるタイミングなんて知っていてもどうにもならないから。
後悔のないように生きる、それが一番大切なことだろう。
いつ終わりが来てもいい。
そのくらい思えるように。
ただひたすらに、真っ直ぐに、充実した日々を送ろうと思う。
◆終わり◆




