EP 9
桜吹雪ならぬ、仁王の炎
法廷の空気が、凍りついたように静まり返った。
最高裁判官・坂上真一の手が、黒い法服の襟元にかかっている。
「被告人、よぉく目を開いて見るがいい」
次の瞬間。
バァンッ!!
乾いた音と共に、重厚な法服が左右に引き裂かれ、床に脱ぎ捨てられた。
そこに現れたのは、スーツでも軍服でもない。
昨日、薄暗い路地裏で暴れまわっていたのと全く同じ、粋な着流し姿の男だった。
「……あ?」
「……え?」
ゴズマとガランドが、間抜けな声を上げて目を点にする。
彼らの脳が、目の前の現実を処理しきれない。「最高裁判官」と「ゴロツキの遊び人」が繋がらない。
「おぅおぅおぅ! 黙って聞いてりゃ、俺の前で嘘八百を並べやがって!」
坂上がドスの利いた声を張り上げた。
その声は、法壇の上からではなく、まるでヤクザの出入りの現場から響いてくるような迫力を持っていた。
「さ、裁判官様……? な、何を……」
ガランドが震える声で尋ねる。
坂上はニヤリと笑い、くるりと被告人席に背を向けた。
「その『真』とかいうのは――俺のことか!?」
坂上が着流しの片肌を脱ぎ、背中を晒した。
ドォォォン!!
傍聴席の誰もが、幻聴のような爆音を聞いた気がした。
鍛え上げられた男の背中一面に、極彩色の刺青が彫り込まれていた。
筋骨隆々の阿形と吽形。二体の金剛力士(仁王)像が、怒りの形相で被告人たちを睨みつけている。
しかも、ただの刺青ではない。太郎国の魔力に反応し、仁王の眼がカッと赤く発光し、まるで生きているかのように蠢いたのだ。
「ひっ……!?」
その背中を、ゴズマとガランドは見間違えるはずがなかった。
昨夜、炎の中で自分たちを叩きのめした、あの悪魔の背中だ。
「ひ、ひいいいっ!! し、真……真さんんん!?」
「馬鹿な! 貴様、最高裁判官じゃなかったのか!? なぜ、なぜあんな場所に……!」
腰を抜かしてへたり込む二人。
坂上は再び振り返り、仁王のごとき形相で二人を見下ろした。
「驚いたか? だがなぁ、この背中の『阿吽の仁王』は、昨日の夜、貴様らがほざいたこと、やったこと、その全てをしかと見届けてるんでぇ!!」
坂上の怒号が法廷を揺るがす。
「子供らをモノ扱いし、あまつさえ罪を他になすりつけようとは……! 裁判官の俺に赤っ恥かかせやがって! その性根、万死に値する!」
もはや、言い逃れの余地はない。
絶対的な証拠(本人)を前に、悪党たちはガタガタと震えることしかできない。
坂上は懐から小槌を取り出し、一度だけ、力強く叩きつけた。
ダンッ!!!
「判決を言い渡す! 被告人ゴズマ、並びにガランド! 貴様ら一族郎党、市中引き回しの上、磔獄門に処す!!」
そして、傍聴席の最前列で待ち構えていたT-SWATの面々に一喝した。
「ひっ立てい!!」
「「「ハハッ!!(御意!)」」」
鮫島、イグニス、キャルルが一斉に飛び出した。
「往生しやがれ! このクソ豚がぁ!」
イグニスがゴズマの首根っこを掴み、軽々と持ち上げる。
「アンタたちの罪、地獄で後悔しなさい!」
キャルルが安全靴でガランドの膝裏を蹴り、強制的に土下座させる。
「連行する。……抵抗すれば、撃つぞ」
鮫島が冷徹に手錠をかけた。
「いやだぁぁ! 助けてくれぇぇ! リベラァァァ!」
泣き叫びながら引きずられていく悪党たち。
弁護席のリベラは、眼鏡を押し上げ、静かに呟いた。
「……依頼人が嘘をついていた以上、弁護のしようがありませんわ。それに――」
彼女はチラリと、仁王立ちする坂上を見た。
「(あんなデタラメな裁判官、法律じゃ勝てっこないわね。……完敗よ、シンさん)」
次の瞬間。
静まり返っていた傍聴席から、ワァァァァッ! と割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
「すげぇ! 本当に裁きやがった!」
「よっ! 名奉行! 遊び人のシンさん!」
「痺れるぅぅ! 抱いてぇぇ!」(※主に年配の女性)
熱狂の渦の中、坂上は着流しの襟を直し、フゥーッと息を吐き出した。
その顔には、憑き物が落ちたような、晴れやかな笑みが浮かんでいた。




