EP 5
白と黒の弁護士、リベラ登場
翌日。タローポリス郊外にある「ひまわり孤児院」。
のどかな昼下がりを、下品な轟音が引き裂いた。
「オラオラァ! 退きな退きな! 今日が立ち退きの期限だ!」
巨大な魔導ブルドーザーが、黒い排気ガス(マナの残滓)を撒き散らしながら正門に迫る。
操縦席に座るのは、ゴズマ興産の雇ったオークの作業員。その周囲を、金属バットを持ったチンピラたちが取り囲んでいる。
「待ってください! まだ行き先が決まっていないんです!」
シスター姿の院長が必死に両手を広げて立ちはだかるが、ブルドーザーは止まらない。巨大な排土板が、今にも彼女をミンチにしようとしていた。
「へっ、潰しちまえ! 事故ってことにすりゃあいい!」
オークがレバーを倒した、その瞬間だ。
「――待ったァ!!」
ドガァァン!!
爆音と共に、ブルドーザーの排土板がひしゃげた。
砂煙が晴れると、そこには一本の鉄パイプを肩に担ぎ、仁王立ちする着流しの男――シンさんが立っていた。
その背後には、異様な威圧感を放つ三人の影と、タバコを吹かす男。
「お楽しみのところ悪いがなぁ、ここから先は通行止めだ」
シンさんがニヤリと笑う。
オークが目を剥いた。
「な、なんだテメェら!?」
「通りすがりの、ただの遊び人さ」
シンさんの合図と共に、T-SWATの面々が動く。
「おい、そのデカい鉄の塊……燃やしていいか? 灰にしていいか?」
イグニスが涎を垂らしながら両手斧を構える。その口元からは赤い炎が漏れている。
「ダメよバカドラゴン! 資産価値がなくなるでしょ! ……アンタたち、一歩でも動いたら、この安全靴が火を噴くわよ」
キャルルがトンファーを構え、いつでも顎を砕ける体勢をとる。
「はいはーい! 皆さん見てますかー! 悪徳業者の横暴、生配信中でーす! 拡散希望! 炎上させて広告収入ゲットだぜ☆」
キュララが上空からスマホを構え、オークの顔をドアップで撮影する。
「……動くな。公務執行妨害で逮捕するぞ」
最後に鮫島が、Korth NXSの銃口をオークの眉間に向けた。
圧倒的な暴力の気配に、チンピラたちが怯む。
だが、その場の空気を変えたのは、暴力ではなかった。
「――お止めなさい」
凛とした、鈴を転がすような声。
一台の高級セダン(タローモーターズ製『センチュリオン』)が静かに横付けされ、後部座席から一人の女性が降り立った。
緩いウェーブの金髪に、理知的な眼鏡。
オーダーメイドのスーツを着こなし、甘い紅茶とバニラの香りを漂わせている。
場違いなほどに優雅なその淑女は、リベラ・ゴルド。
この街で知らぬ者はいない、最強にして最恐の弁護士だ。
「リ、リベラ先生!」
チンピラの一人がすがりつく。
「暴力はいけませんわ。野蛮ですもの」
リベラは汚いチンピラを手袋をした手で軽く制すると、シンさんの前に歩み寄った。
至近距離で、眼鏡の奥の瞳が光る。
「貴方たちが、近頃噂の自警団? ……法治国家において、私的な武力行使は感心しませんわね」
「法治国家、ねぇ……」
シンさんは鉄パイプを地面に突き刺し、リベラを見下ろした。
「ブルドーザーで人を轢き殺そうとするのが、アンタの言う『法』なのかい? お嬢ちゃん」
「彼らの行為は行き過ぎです。ですが――」
リベラは懐から一枚の書類を取り出し、突きつけた。
「法的には、こちらの主張が正当ですわ。この土地の売買契約は成立している。立ち退き期限は昨日まで。不法占拠しているのは、孤児院のほうです」
「契約書、ね」
シンさんは書類をひったくると、パラパラと眺めた。
「字の読めない婆さん騙して書かせたサインに、何の価値がある?」
「騙したという証拠は? 契約書には魔法署名がある。本人の意思がなければ発動しないわ」
「脅されて書いたかもしれん」
「推測の域を出ませんね」
リベラは冷徹に言い放つ。
その言葉には、一分の隙もない論理武装が施されていた。
鮫島が舌打ちをし、イグニスが唸る。法という壁の前では、暴力は無力だ。
だが、シンさんは笑った。
彼は一歩踏み出し、リベラの顔を覗き込んだ。
「法律ってのはなぁ、六法全書のインクの染みじゃねぇんだ」
「……何が言いたいのです?」
「そこに、人の血が通ってなきゃ意味がねぇって言ってんだよ!」
シンさんの瞳から、遊び人の色が消えた。
一瞬だけ覗かせた、数千の命を預かった指揮官の、そして法の番人としての凄絶な覇気。
リベラは思わず息を呑み、半歩下がった。懐に隠した護身用のSIG P365に手が伸びそうになるほどの圧。
(この男……ただのゴロツキじゃないわね)
リベラは口元に不敵な笑みを浮かべ、眼鏡を指で押し上げた。
「……面白いわ。そこまで仰るなら、証明してごらんなさい」
「証明?」
「ええ。契約が無効であるという証拠を。もし見つけられるなら――私は依頼人だろうと容赦なく切り捨てますわ」
彼女はくるりと踵を返した。
「期限は明日、裁判所にて。……楽しみにしていますわよ、名も無き『正義の味方』さん」
リベラは車に乗り込むと、呆然とするチンピラたちを残して去っていった。
残されたのは、甘い香水の香りと、重苦しい現実。
「……食えねぇ女だ」
鮫島がタバコに火をつけながら吐き捨てる。
「だが、チャンスはくれた」
シンさんは鉄パイプを引き抜き、空を見上げた。
「明日の法廷が決戦場だ。……総員、証拠狩り(エビデンス・ハント)の時間だぞ!」
「「「アイアイ・サー(了解)!!」」」
T-SWATの咆哮が、孤児院の空に響いた。




