EP 2
鋼鉄の城、抜錨
タローポリス中央港。
そこは本来、木造のガレオン船や魔導帆船が行き交う、活気ある――そしてどこか牧歌的な場所のはずだった。
だが今日、その第1ドック周辺には、異常な静寂と人だかりができていた。
「な、なんだアレは……?」
「鉄の……山? 浮いているのか?」
「マストがないぞ! 帆はどうしたんだ!」
漁師や船乗りたちが、口を開けて呆然と見上げている。
彼らの視線の先には、異世界アナステシアの常識を根底から覆す、異形の巨人が鎮座していた。
全長161メートル。基準排水量7250トン。
船体は艶消しのヘイズグレーに塗装され、木材など一片も使われていない。
空を突き刺すようなマストの代わりに、艦橋の四方には平らな八角形の板が張り付いている。
そして甲板には、冷徹な殺意を秘めた127mm速射砲と、無数のミサイルを収めたVLS(垂直発射装置)の蓋が整然と並んでいた。
「……へっ、たまげたな」
T-SWATのメンバーと共に到着した鮫島が、Korth NXSのハンマーを弄びながら、獰猛な笑みを浮かべた。
「こいつは……俺の知ってる『船』じゃねぇ。『要塞』だ」
「嘘でしょ……これが全部、鉄?」
キャルルが耳をパタパタさせながら、その威容に圧倒されている。
イグニスに至っては、開いた口が塞がらない。
「おいおいおい! 鉄の塊がなんで水に浮くんだよ! 重すぎて沈むだろ! それに、漕ぎ手はどこだ!? 櫂が見当たらねぇぞ!」
混乱する異世界人たちを尻目に、太郎が得意げに胸を張った。
「紹介しよう! 俺の『創造スキル』で、坂上さんの記憶にある設計図を完全再現した、タロー国初のイージス護衛艦……その名も『ごんごう』だ!!」
※『こんごう』ではない。商標的なアレを避けるための太郎なりの配慮である。
「……『ごんごう』か。悪くない名だ」
純白の艦長服に身を包んだ坂上が、タラップを登りながら呟いた。
その足取りは、いつもの下駄履きとは違う。大地を踏みしめるような、確かな重みがあった。
甲板に立つ。
鋼鉄の感触。潮の香り。そして微かに聞こえるガスタービンエンジンのアイドリング音。
すべてが、懐かしく、そして彼を呼んでいた。
「……戻ってきたな」
坂上は、艦橋に入った。
そこには、魔法の水晶玉など一つもない。
無数のモニター、計器類、レーダー画面、そして操舵輪。
全てが機能的で、無機質で、美しい。
「すっげぇ……! これが未来の操縦席?」
キュララが目を輝かせてコンソールを触りまくる。
「おい、ここが俺の席か?」
鮫島が、射撃管制システムの席に座り、CIWS(高性能20mm機関砲)のトリガーに手を掛けた。
「……イイ感触だ。これなら、あのタコ野郎を蜂の巣にできる」
「総員、配置につけ」
坂上が、艦長席に座った。
その瞬間、彼の纏う空気が変わった。
遊び人の「シンさん」でも、裁判官の「坂上」でもない。
数百人の命と、国家の威信を背負う、指揮官の顔だ。
「機関始動。……もやい、放て(キャスト・オフ)」
ヒュオオオオオオォォッ……!!
四基のガスタービンエンジンが咆哮を上げた。
その音は、魔獣の叫びよりも鋭く、雷鳴よりも腹に響く。
スクリューが海水を噛み、巨大な船体が振動する。
「うわっ!? 動いた! 風もないのに!」
「すげぇパワーだ! 暴れ馬なんてもんじゃねぇぞ!」
イグニスとキャルルが悲鳴を上げる中、イージス艦『ごんごう』は、ゆっくりと、しかし圧倒的な質量感を持って岸壁を離れた。
「面舵一杯。……進路、南南西」
坂上は、艦長帽の鍔を指で押し上げ、前方を見据えた。
「両舷、前進微速。……港を出たら、最大戦速で突っ走るぞ」
灰色の巨体が、青い海に白い航跡を描き始める。
帆船たちが慌てて道を空ける中、『鋼鉄の城』は滑るように加速していった。
「目標、大海賊クラーケン艦隊。……これより、『害虫駆除』を開始する」
タローポリスの沖合に、現代最強の海の狼煙が上がった。
魔法の海に、科学の牙が突き刺さる時が来たのだ。




